調査概要
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図1 調査地点 |
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神流川の最上流部から出発し、下流に向かって移動しながら3地点(上野村、神流町、藤岡市八塩(図1))において調査を行った(調査地点の詳細はこちら)。各地点において、水質、水生生物、河川流量の各調査、および水環境健全性指標による評価を行った(調査方法の詳細はこちら)。気象概況を表1に、調査体制を表2に示す。
表1 各調査地点の気象概況
調査地点 |
@ 上野村 |
A 神流町 |
B 藤岡市八塩 |
調査日 |
2011年8月17日 |
2011年8月18日 |
2011年8月20日 |
天候 |
快晴 |
快晴 |
少雨 |
気温 |
28.0 ℃ |
33.8 ℃ |
23.3 ℃ |
湿度 |
65.3% |
58.3% |
85.3% |
気圧 |
939.8 hPa |
965.6 hPa |
998.0 hPa |
水温 |
22.0℃ |
25.2℃ |
23.2℃ |
表2 調査体制
ゼミ生 |
23人(01期生および02期生) |
指導教員 |
1人 |
調査協力 |
4人(群馬県衛生環境研究所、ぐんま昆虫の森 より) |
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調査結果
水質
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図2 各調査地点における透視度 |
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透視度 (図2)
透視度は、上流域の上野村および神流町において計測上限値(200 cm)を超える結果となったが、中下流域に位置する藤岡市八塩では120 cm程度まで低下した。上流域では透明度の高い水流であったが、藤岡市八塩では緑色がかっていた。 |
大腸菌群数 (図3)
上流域の上野村および神流町においては大腸菌群のコロニーは検出されなかったが、中下流域に位置する藤岡市八塩では多数のコロニーが検出された。このことから、生活排水の流入があることが示唆される。
図3 各調査地点における大腸菌群の簡易定性試験結果
図4 各調査地点におけるNO3-濃度
図5 各調査地点における窒素汚濁負荷量 |
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NO3- (硝酸イオン) (図4)
窒素の化学形態は、生態系における窒素循環を理解する上で重要である。生活排水に含まれる窒素分は主にタンパク質やアミノ酸などの有機体であり、これが環境中の微生物の作用によってアンモニア態に異化される。これは、水生生物にとって極めて有害な物質である。アンモニア態(NH4+)窒素は硝化細菌の作用によって亜硝酸態(NO2-)に変わり、さらに硝酸態(NO3-)にまで硝化され、一部は植物に栄養素として取り込まれる。一般に、系外からの窒素負荷が多くなると、最終形態である硝酸態窒素の濃度が増加する。NO3-濃度は上流域の上野村および神流町比較して、中下流域に位置する藤岡市八塩で相対的に濃度が高かった。
窒素汚濁負荷量 (図5)
各調査地点における河川流量とNO3-濃度を乗じて、窒素汚濁負荷量を試算した。なお、NH4+は全地点で非検出であったため、汚濁負荷量には考慮していない。また、NO2-は藤岡市八塩のみ検出(約0.04 mg/L)されたため、河川流量とNO2-濃度の積から負荷量を求め、上記の窒素汚濁負荷量に算入した。図4に窒素汚濁負荷量の結果を示す。上野村では約30 t-N/year、神流町では約90
t-N/year、藤岡市八塩では約550 t-N/yearとなり、神流町から下流に多くの窒素負荷があることが示唆された。 |
水生生物
図6 生物種の汚濁耐性に基づく占有率 |
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汚濁耐性に基づく水生生物種の分布 (図6)
水生生物の汚濁耐性(貧腐水性(Os)、β中腐水性(βm)、α中腐水性(αm)、強腐水性(Ps))に着目し、各調査地点で確認された水生生物種の占有率を比較した。上流ほど汚濁に耐えられる生物種の占有率が高く、下流に向かって汚濁に耐えられる生物種の占有率が増大していることが確認された。
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汚濁指数(PI) (表3)
Pantle-Buck法による汚濁指数(PI)を導出した。PI値が高いほど汚濁レベルが高いことを示す(1.0〜1.5:貧富水性、1.6〜2.5:β中腐水性、2.6〜3.5:α中腐水性、3.6〜4.0:強腐水性)。上流から下流に向かって、PI値が徐々に上昇することが確認された。
表3 各調査地点の汚濁指数および汚濁階級
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上野村 |
神流町 |
藤岡市八塩 |
汚濁指数:PI |
1.4 |
1.7 |
2.1 |
汚濁階級 |
Os |
βm |
βm |
図7 各調査地点における生物種の多様度 |
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多様度に基づく水生生物種の分布 (図7)
生息している水生生物の多様度を比較するため、Simpsonの多様度指数(S)を導出した。S値が高いほど多様度が高いことを示す。汚濁に耐えられない種の多様度は、上流域の上野村および神流町で相対的に高く、中下流域に位置する藤岡市八塩で低い結果であった。反対に、汚濁に耐えられる種の多様度は、藤岡市八塩で相対的に高く、上野村および神流町で低い結果であった。このように、地点によって多様度の傾向が異なる点は興味深い。
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水環境健全性指標 (図8)
各調査地点における5つの評価軸のスコアを示す。総じて、中下流域に位置する藤岡市八塩ではスコアが低く、五角形の大きさが小さい。以下に、各評価軸のスコアを個別に考察していく。なお、地点間のスコアの差は、Wilcoxonの符号付き順位により検定し、多重比較に際しては有意確率(p = 0.05)をBonferroniの不等式により補正して評価した。
図8 群馬県版水環境健全性指標による神流川各調査地点のスコア
自然なすがた
上野村のスコアが神流町および藤岡市八塩よりも有意(p < 0.05)に高かった。細目では、河川の水量や排水の流入などの評価項目でスコアに差が見られた。
ゆたかな生物
下流ほどスコアが小さくなる傾向は見られたが、統計的な有意差は検出されなかった。図6および8に示したように、地点によって生物相には違いが見られたが、いずれの地点とも多様度は高かった。この結果と整合性のある評価が得られた。
水のきれいさ
上野村および神流町のスコアが藤岡市八塩よりも有意(p < 0.05)に高かった。細目では、水のにおい、水の見た目の評価項目で藤岡市八塩のスコアが低かった。上で述べたように、上流域の2地点に比べて、中下流域に位置する藤岡市八塩では透視度が低く、大腸菌群の検出や窒素汚濁負荷量の増加など、水質の悪化を示すデータが得られている。この結果と、整合性のある評価が得られた。
水辺環境
上野村および神流町のスコアが藤岡市八塩よりも有意(p < 0.05)に高かった。細目では、水辺の見た目、薫り、音、景色、安全の全ての評価項目で藤岡市八塩のスコアが低かった。この評価軸は、五感を利用した評価項目で、水質および生態系調査では評価することのできない河川の魅力をスコア化できる指標である。藤岡市八塩の調査地点は植物が過度に繁茂しており、それが全ての項目に影響を与えた可能性が高い。
地域とのつながり
神流町のスコアが最も高く、次いで上野村、藤岡市八塩の順となり、全てに有意差(p < 0.05)が確認された。細目では、特に神流町において水辺へのアクセスおよび人々の利用の評価項目が高かった。調査地点には駐車場が整備されており、子供たちが安全に川で水遊びができるように人工的に川の流れを分岐させて水深や水流が調整されていた。実際に、調査当日は多くの家族連れが訪れており、川の遊水機能が際立って高く評価される結果となった。この評価軸も、水質および生態系調査では評価することのできない項目であり、河川の多面的な機能を検出することができる水環境健全性指標の特徴といえる。
総括
利根川水系の支流のひとつである神流川は、関東地方を流れる1級河川の水質ランキングにおいて1位(2010年)を獲得した清流である。上流部および中流部にある環境基準点におけるBOD(生物学的酸素要求量)の年間75%値は、過去20年間にわたりA類型の環境基準値(2
mg/L)以下の水準を維持し、最近10年間では1 mg/Lを下回る水準にまで低下している。このように、神流川はBODに着目すると一貫して良好な水質であるが、流域地域の汚水処理にかかるインフラ整備は総じて他の地域に比べて遅れており、生活排水による汚濁が懸念されている。汚水処理人口普及率は、最上流部の上野村のみ87.5%と高い水準にあるが、神流町では34.8%、藤岡市では41.8%(いずれも2007年度)と低い。急峻な山岳地帯では公共下水道の敷設が困難であるため、合併浄化槽の導入が急がれているが、現状では単独浄化槽または計画収集の世帯が多く残存している。そのため、河川への生活排水の流入の寄与は無視できない。今回の調査でも、大腸菌群数や硝酸イオンの濃度から、下流ほど生活排水の流入の寄与が増大することが示唆されている。また、それに伴って、水生生物の生息分布にも明確な変化が見られている。地域の社会構造と自然環境の密接な関係を示すデータといえよう。