通貨危機に際し有効な経済政策 

 

                    高崎経済大学経済学部経済学科

高松ゼミ108-085 大野 瑛介

 

 

目次

 

0はじめに

 

一章 通貨危機におけるインドネシアとマレーシアの対応

(1)通貨危機による両国の打撃

(2)マレーシアの経済政策

(3)インドネシアの経済政策

(4)2国の経済政策比較

(5)2国間の経済指標の相違

(6)投資家間の信用不安

 

二章 メキシコ危機とブラジル危機

(1)メキシコ危機

(2)ブラジル危機

 

三章 IMF

(1)危機対応におけるIMFの失敗

(2)IMFの不適合

 

四章 通貨危機を回避するための政策

(1)注意すべき経済指標

(2)資本自由化

(3)ヘッジファンドの空売りへの対策

 

五章 まとめ

 

 

 

 

 

0.はじめに

 

 1997年に起こったアジア通貨危機に対する各国の経済政策とその結果を比較することで、危機に際し有効な政策と、危機を誘発し被害を大きくしうる要因を特定したい。

 

タイ発のこの危機により、インドネシアは多大な影響を受け、マレーシアはこの危機を最小限の被害で乗り切った。一章では、この2国の明暗を分けた要因は何であったかを探ることにより、危機を深刻にした要因を結論付ける。

二章では、他の地域でおこった通貨危機と、アジア通貨危機との対応の違いを考察する。

三章では、アジア通貨危機を深刻にした要因の一つをIMFの方針にあったものとし、IMFの発足過程とその体制から、この方針の問題点を浮き彫りにする。

四章では、具体的に危機を未然に防ぎ、危機に際しても混乱を最小限に防ぐ方法を模索する。

 

 

一章 通貨危機におけるインドネシアとマレーシアの対応

 

(1)通貨危機による両国の打撃

 

 危機の翌年である98年のGDP成長率で比較した場合、インドネシアは−13.4%の大幅なマイナス成長となり、マレーシアは実質GDP成長率が−7.4%だった。また、マレーシアが99年には6.7%に上昇し、00年も成長率は8.8%であり、ゆるやかに回復していったのに対し、インドネシアはGDP水準を00年代に入るまで回復できなかった。

 

(2)マレーシアの経済政策

 

 アジア通貨危機に際し、IMFは緊縮財政、金融引き締め、外国資本の規制緩和、金融機関の徹底的な整理を推奨した。これに対し、マレーシアでは反対に、積極財政、金融緩和、外国資本の規制強化、金融機関の再編を行った。

マレーシアの経済は、IMFの指導による対策を講じたにもかかわらず、98年になって悪化が進んだことが要因である。悪化の原因として、マレーシア経済が危機の悪循環に巻き込まれたことによる。すなわち、資本流出を契機として、通貨と資産価値が下落し、それが企業部門の悪化を招く。これが不良債権の増加による金融部門の不安定化につながり、信用収縮を起こし、経済危機を深化させたのである。

マレーシア政府は、19986月からインフラ整備による公共投資再開などの財政拡充政策を開始する。さらに989月に、自国の為替レートを固定相場制にした。これにより、国内金融政策の自由度が高まった。同時に資本規制の断行を行った。背景には、国内経済をかく乱する短期資本の流入をひとまず遮断した上で、その後に金融緩和政策を実行しようとするマハティール首相の意図が現れている。このような経済政策を行うことが可能であった背景には、不況の内需縮小により輸入が減少し、経常収支が大幅に改善されたことが考えられる。

 

(3)インドネシアの経済政策

 

通貨危機の発生に伴い、977月半ば頃からルピアには強い減価圧力がかかる。インドネシアの為替レートは管理フロート制(自国の通貨の変動幅を固定し、その範囲内で各国通貨が取引される制度)だった。711日、この変動幅は上下4%から6%に拡大され、814日には、変動相場制へと移行した。同時に中央銀行は国内金利の引き上げや先物ルピア売りの上限設定などを行いルピア売り抑制を図るものの、9月末から市場へのドルの供給が止まり、ルピアは急速に減価する。こうした急速な悪化に伴い、108日にIMFに対して金融支援を要請した。

 一月の内に、インドネシア政府とIMFとの間で合意がとられ、政策内容を盛り込んだ趣意書が作られた。この趣意書に書かれたIMFの条件としては、主に財政金融政策の引き締め、金融セクターの包括的なリストラ、広範な構造改革の三つの政策を柱とするものだった。

 

(4)2国の経済政策比較 

 

この2国の経済政策を比較するに当たり、大きな相違点が二つある。第一は、マレーシアが固定相場制に移行したのに対し、インドネシアは変動相場制に移行した点である。第二に、マレーシアは資本規制をし、インドネシアは資本を自由化した点である。

通貨危機によりダメージを受けた状態での変動相場制の移行は、通貨の下落を大きく引き出したと考えられる。

また、資本自由化のデメリットも影響しうる。第一に、経済変動リスクを高め、安定的な経済成長の足止めとなりうること、第二に、株式・債券などは短期流出入が大きい為、当該国経済の成長に殆ど貢献しないこと、第三に、リターンの高い海外の証券投資に資金が流出し、国内貯蓄率向上のメカニズムが育たず、国内投資が不足することである。過去の歴史から見ても、金融・資本自由化を行い、対外借り入れを増加させた途上国は不安定な経済成長を見せている。

一般に、通貨の固定為替レートと資本の自由な移動、自主的な金融政策の三つは同時に成立しない、というのが新古典派経済学では定説である。これは貿易の自由化、規制緩和、自由な資本移動の推進をかかげるIMFとは相反している。IMF処方箋もここから来ている。

それに対しケインズ経済学の考え方では、こうした経済の自主性にまかせる対応ではなく、ある程度の期間固定的な為替レートを用いる方が好ましいと考える。また、ある程度の資本取引の規制を行った方がいいと考える。

アジア通貨危機におけるマレーシアの対応は、ケインズ経済学に依った考え方だと思われる。そして、インドネシアの対応は新古典派経済学に依っている。

結果から考えるに、危機における政策は、ケインズ経済学に則った方針が好ましい。

 

(5)2国間の経済指標の相違

 

 次に、2国間の経済指標を比較する。

 アジア通貨危機における、インドネシアの経済指標を各国と比較した際、とりわけ目を引くのは短期債務の多さと外貨準備高の低さである。表1を見て分かる通り、インドネシアは短期債務/外貨準備高が突出して多い。短期債務の多さは財政の不安定化を招く。また、外貨準備高の低さは、市場の不信感を煽ることになる。好景気下ではともかく、通貨危機のような信用不安がおこると一気に噴出する。

 

 

1

タイ

インドネシア

マレーシア

フィリピン 

韓国

シンガポール

台湾

香港

中国

短期債務(1996年、100万ドル)

37613

32230

11068

7969

54292

2001

18759

14262

25427

GDP

20.8

14.9

11.7

9.1

11.2

2.2

6.9

10

3.1

短期債務/外貨準備高(1996年、%)

97.4

165.7

39.7

68

159.5

2.6

21.3

22.4

22.3

通貨価値の下落率(対ドル、%)19976月末〜19986月末

-41.4

-83.7

-38.9

-37.2

-35.6

-15.6

-19.1

0

0.1

 

 

 

(6)投資家間の信用不安

 

 ここではインドネシアにおいて、なぜ投資家心理に影響を受けすぎる短期債務が流入し過ぎていたかについて、述べる。

 第一の理由は、インドネシアが早期に外国為替管理を自由化し、反対に直接投資を制限したことにある。インドネシアは70年代初頭には為替管理を自由化した。これは途上国として見ればきわめて早い(日本は80年代)。それに対し、直接投資は80年代前半の原油価格の急落まで外資を積極的に導入しなかった。ゆえに、金融機関や企業は投資だけではなく、海外の機関から直接借入れを重要な資金の調達ルートとした。

 第二に、金融セクターの脆弱性が挙げられる。金融部門は為替管理自由化から十年遅れで自由化した。この自由化の中で、実質金利の大幅な増加がおこる。この中で海外市場へのアクセスが可能な優良企業は直接海外に借入れ、国内市場にはリスクの高い借り手が残る。これによって金融セクターの脆弱性はますます上がっていった。

 第三に、為替レートの長期管理がある。インドネシアでは政府により長きにわたって為替レートの安定化がはかられていた。その後、為替リスク調整後のインドネシアの金利高から、海外資金の流入が継続し、対外債務を増大させた。

 以上の理由から、海外から大量の民間資金が流入し、結果的に国内企業と金融機関は対外債務を抱えるようになり、外的なショックに対する免疫を無くしてしまったと考えられる。

 

二章 メキシコ危機とブラジル危機

 

(1) メキシコ危機

メキシコはアメリカと密接な関係を持っており、故にIMFの進める経済政策を忠実に実行してきた。特に資本自由化に関して熱心に実行してきた国の一つである。

 資本自由化により、アメリカに隣接するメキシコには多くの米系金融機関が流入しており、大量に投資していた。その為、短期債務への依存度が高く、国際収支は不安定であった。

19943月には、メキシコの資本流入が減少していたことや、政治・社会面の不安も加わりペソ切り下げ圧力が高まった。当局は同年12月に15%程度の切り下げを実行したが、市場では不十分と判断された。その為、アメリカ金利上昇により、投資家が短期国債を大量に売却したため、為替が大幅に下落した。

 メキシコ危機は最初の本格的な資本収支危機であり、アジア危機の先駆けとなるが、以下の三点でアジア危機とは異なる。

 第一に、メキシコ危機は、資本流入の対象が国債であり、財政赤字が経常収支赤字の主な原因であった。これに対し、アジア通貨危機の場合、対外借入が中心であり経常収支赤字の原因は民間部門の投資拡大であった。

第二に、メキシコ危機の場合は、救済すべき対象が国債の償還であった為、支援が有効であった。

第三に、アメリカの機関投資家がメキシコ投資の主体となったことから、危機発生後、速やかにアメリカの強い支援が得られた。

メキシコ危機におけるアメリカ政府の大規模な支援は、危機の伝播を防いだものの、一方で、民間機関投資家のリスク認識を弱めることにもつながった。

また、IMFの融資政策面でも重要な示唆となる。緊急時の迅速な大量の外貨供給による流動性の確保が重要である点、また、アメリカの政治的かかわりがIMFの支援の速度や規模に影響する点である。アジア危機の場合は、アメリカの関心が低く、IMFの動きにも影響を与えた。

 

(2)ブラジル危機

 

ブラジル危機はアジア通貨危機から14カ月後の1998年の11月に起こった。

ブラジル危機の要因は、ドルペック制をとっていた為にIT革命時のドル高により、割高に推移していたことが一つ、もう一つの要因はロシア危機により大手金融機関LTCMが破綻したことで、アメリカ資本が新興国市場から撤退し始めたことである。

加えて、一次産品価格が低下したことで、経常収支赤字が拡大し、また、財務計画の信認が低下した為、1999年に通貨が大幅に下落した。

この危機に際し、国際機関は総額418億の大型支援パッケージを組みこんだ。IMFはそのうち183億ドルを負担した。その際の融資条件も緩やかなものであり、財政収支の改善にとどまっている。金利引き上げも緩やかに行われ、また、企業の対外借入が少なく、企業活動に大きな影響を与えなかったので、危機自体も軽度に収まった。

 アジア通貨危機の時とは違って、緩やかな条件かつ豊富な融資が有効だったといえる。

 

 

 

三章 IMF

 

 

(1)危機対応におけるIMFの失敗

 

 IMFの初期対応の失敗がアジア通貨危機の影響を大きくした。マレーシアは早期にこの問題に気付き、IMFの支援を打ち切られてまで、政策を断行し、インドネシアはIMFの支援を受ける代わりに、政策を教授し続けた。

 インドネシアで行われたIMF支援の失敗として、第一に、危機の初期段階で、金融および財政引き締めによる早期の経済安定化を目指した点がある。これにより経済収縮が起こり、重債務企業は収益低下を起こし、債務返済が一層困難になった。

第二に、性急な金融システム開発の実施である、十六行もの銀行が預金者保護無しに閉鎖したことが、金融パニックを引き起こした要因である。

第三に、当初、本質的には短期の外貨流動性の危機であったにもかかわらず、資本流出規制で対応すべきところを金利の引き上げで対処したことである。この金利引き上げは逆に経済を悪化させた。しない場合に比べ成長率でマイナス45%、為替レートで22%、物価で20%のネガティブな影響を与えたと推定されている。

第四に、インドネシアが産油国である事情を鑑みず、エネルギー価格を世界基準にまで引き上げたことがある。このことが国民生活を一層困窮させた。

 IMFの基本方針である緊縮財政、金融引き締め、外国資本の規制緩和、金融機関の徹底的な整理は危機の実態にそぐわなかったといえる。

 アジア通貨危機の性質は、当時は初めての本格的な資本収支危機であった。すなわち、外国からの投資の引き上げが本質的な理由であり、それにより資本が流出したのが原因である。しかし、IMFは従来通りの経常収支危機に対する処方箋を適用したために、政策が不適当なものになった。

 経常収支の赤字とは、輸入の超過を表す。改善には緊縮財政を適用することが必要である。そうすることで、国内の需要が減少し、輸入もまた減少するからである。IMFは従来通りに緊縮財政を適用させた。

 しかし、アジア通貨危機の性質は、資本の引き上げによるものであり、その結果、不必要な緊縮財政により、多くの銀行が破綻し、経済活動は低迷した。

 また、短期の資本流動性の確保には必ずしも必要でない構造改革(銀行リストラや民営化)が推進され、支出削減の為に補助金が一律削減され、国民の生活が困窮し、景気が一層悪化した。

 経常収支は生産活動の低下に伴い輸入が減少することで改善したものの、不必要に景気が悪化し、経済面での損失を大きく被った。

 

(2)IMFの不適合

 

 以上のようにIMFの初動における政策のミスを挙げていったが、何故このような政策をとってしまったかには、IMFの体質によるところが大きい。これに対する理解を深める為に、IMFの起こりから説明する。

 国際的な取引において、各国の為替レートは非常に重要である。例えば、10%の利益を生み出す取引を行うとする。その時突然為替レートが不利な方向に10%以上の大きさで変化してしまったなら、得られる利益は吹き飛んでしまい、企業活動に不要なリスクができることになる。

 そう考えると、世界の全ての国々が固定相場制を取り入れるのが望ましいとも考えられる。しかし、固定相場制を維持するには、仕組みが必要である。

 二十世紀初頭は、「金本位制」によって固定相場制を維持していた。各国が自国の通貨と金の交換比率を一定に保つことで、それぞれの通貨同士の交換比率も一定に保つのである。

 1929年の世界恐慌により、多くの国が不況から脱しようと、為替切り下げ競争を始め、金本位制を放棄しはじめた。これにより、国際貿易は阻害され、植民地を持つ国々はブロック経済を進めることとなる。

 第二次世界大戦後、自由貿易をおこなうにあたり、為替レートの安定を図る必要に迫られた。しかし、金本位制を復活させようにも、多くの国々では金の準備が十分でなかった。そこで、米国が自国の通貨と金との交換比率を一定にし、そのほかの国は米国ドルとの為替レートを固定するという「金ドル本位制」を取り決めた。

 経常収支が慢性的に赤字になる場合や黒字になる場合、外貨の需給が変化するため、為替レートの水準を変更する必要がある。一時的なものであれば、為替介入を行うことで一定に保つことができる。しかし、慢性的なものになると外貨が不足してしまうからだ。

 ところが、あまりに頻繁に為替が変化しては固定相場制である意味がない。そこで、一時的な経常収支の赤字に対応するために当該国の外貨準備が不足するという場合に、外貨を融通しあう仕組みができた。それがIMFである。

 それが、各国の政策を監視し、経済発展を促す機関という性格を帯びてくる。そこで問題となるのがIMFの体制である。

 IMFの最高意思決定機関として、各加盟校から任命された総務および総務代理一名ずつで構成される総務会がある。総務は通常、各国の財務省および中央銀行総裁が務めている。総務会は権限の一部を除き、理事会に委託している。理事会は五大クォータ(後述)投資国(アメリカ、日本、フランス、ドイツ、イギリス)から5名、ほかの加盟国から19名の合計24名で構成される。理事会は専務理事を選出し、専務理事は理事会の議長を務める。

また、IMFは、クォータと呼ばれる出資割当額によって出資金を分担し、出資金に応じた投票権を持つ。クォータは

1.          経済規模(GDP)

2.          開放性(経常収支合計額)

3.          可変性(計常受取額)

4.          外貨準備

以上の四つの指標を基に、世界全体における各加盟国シェアを勘案して算出される。

IMFへの出資はSDR(特別引出権)によって行われ、IMFへの出資額、IMFからの融資可能額、各国へのSDRの配分比率、投票権を決める。10SDRごとに追加の投票権が得られる。IMFは重要事項においては85%以上の賛成を必要とする超多数決の方式があり、17%の投票権を持つアメリカのみが拒否権を有する。

すなわち、ほぼアメリカの意向にそった政策が行われることになる。

さらには、IMFの重要な政策方針として、ワシントン・コンセンサスがある。

ワシントン・コンセンサスは1989年にワシントンにある国際シンクタンク研究所職員であるジョン・ウィリアムスによって提言された、経済改革の最大公約数である。以下の10項目にまとめられる。

1. 財政赤字の縮小:財政赤字をインフレ税によらずにファイナンスできる範囲に抑える

2. 公共支出配分の見直し:社会収益性の高いものに公的資金を配分する

3. 租税改革

4. 金融自由化:市場による金利の決定

5. 為替レート改革:レートの統一と強制的な為替レート水準への調整

6. 貿易改革:数量輸入制限による保護から関税による保護への転換

7. 貿易自由化:海外直接投資を阻害する障壁の撤廃

8. 民営化:国営企業の民営化

9. 競争促進:企業の新規参入の促進

10.財産権:私的財産権の確保

ワシントン・コンセンサスに対する批判として新古典派にすぎ、途上国の現実に合わないとする批判がある。中長期的にワシントン・コンセンサスの実現を目指すのはいいが、アジア通貨危機においては、改革を一気に押しつけたことは大きな問題だったといえる。

つまり、途上国の経済方針にそぐわない、アメリカ的な方針を押しつける状態ができあがっていたといえる。

 

 

四章 通貨危機を回避するための政策

 

(1)注意すべき経済指標

 

 IMFの失敗から、危機を起こさない為には安定した経済成長が望ましいとの結論がえられる。その為に優先すべき経済指標が、国内貯蓄と国内投資である。

 Prasad et al(2007)は、1970-2000年までの先進国・途上国を検証した結果、資本流入は途上国の経済発展に必ずしも寄与せず、むしろ外国資本に依存せず国内貯蓄による投資を主体とした国の方が長期的に経済発展する傾向があることを指摘した。

 途上国、新興国に限定し、32カ国にて資本流出入に伴う一人当たりの経済成長率、貯蓄率、投資率の影響について分析した結果、資本流入による経済成長に対する明確にポジティブな影響は見られなかった。

 ただし、資本流入項目において、外国直接投資(FDI)は成長に正の相関を示した。外国直接投資とは、資産運用だけではなく、経営参加や技術提携を目的とする長期的な投資のことである。

 反対に、証券投資は、成長率のみならず国内投資率・貯蓄率にマイナスの影響が見られた。

 以上から、途上国は安易に資本自由化に踏み込まず、むしろ、国内資本の貯蓄率と投資率の増加に専念した方が良い。

 

(2)資本自由化

 

 従来IMFは資本自由化を推進してきた。しかし、資本自由化にはプラス面とマイナス面が存在する。プラス面として、短期間に国内貯蓄を緩和し、海外からの資金により生産や投資を拡大させ、経済発展に寄与する可能性がある。マイナス面として、金融面の対外依存が拡大し、投資家が資本を引き揚げた場合、資本流出によって為替の下落と対外債務の拡大を引き起こす。このマイナス面の際立ったものが経済危機が起こるリスクが高まることである。資本収支危機と呼ばれ、アジア通貨危機はその典型である。

とくに途上国の場合、早い段階から資本・金融自由化を進めると、中長期的にみて、所得消費の不安定化と構成水準、成長率の低下を招きやすい。途上国が経済発展の早い時期に資本自由化をすることで、以下のリスクを引き起こす。

第一に、経済変動リスクを高め、安定的な経済成長の足止めとなりうる。第二に株式・債券などは短期流出入が大きい為、当該国経済の成長に殆ど貢献しない。第三に、リターンの高い海外の証券投資に資金が流出し、国内貯蓄率向上のメカニズムが育たず、国内投資が不足する。

過去の歴史から見ても、金融・資本自由化を行い、対外借り入れを増加させた途上国は不安定な経済成長をしている。

1990年代からの資本自由化の進展はアジア通貨危機の原因であることは明らかである。さらに韓国への支援でも資本取引の自由化が融資の条件となっていた。

2008年以降の経済危機でIMFが支援したヨーロッパ中小国はそのほとんどが資本自由化を進め、対外借り入れが増加していた。世界金融危機により欧米の金融機関が資金を引き揚げたため、多くが危機的状況に陥った。これらの状況はアジア通貨危機当時の状況とほとんど変わりがない。

現在ではIMFも金融資本市場がある程度で異熟してから自由化するべきとしている。しかし、現状でもIMFは危機に際して短期資本規制を行うことを認めてはいない。

資本規制措置には、国際金融市場が悪化した際に、海外市場の投資家の短期売買による資本流出を抑える役割を果たす役目がある。

アジア通貨危機においては、資本の短期流出による各金融機関のバランスシートの悪化が問題を深刻化した経緯がある。

国内の財政金融政策の独自性を維持しやすいことも挙げられる。とくに小国の場合、海外金融資本の悪影響を抑え、安定した経済政策を実現しやすい。

一方、IMFは資本規制のデメリットとして、流出規制は資本逃避を助長し、長期的にデメリットが大きいことと、特定業者との癒着による腐敗が起こりやすいことを挙げている。

しかし、マレーシアが資本規制により逸早く危機から立ち直った事実を鑑みると、少なくとも危機に際して、資本規制は有用であるといえるだろう。

IMF201145日に資本規制容認に関する内部指針を打ち出したことを電子メールで発表する。その後、416日に行われたIMFC(国際通貨金融委員会)において、新興市場諸国は巨額の資本流入に対する政策ガイドラインを課すことを狙ったIMF計画案を、むしろ政策を制約しかねないとして拒否した。

この一連の流れは、経緯はどうあれ、IMFが資本規制の有用性を認めたことを示している。すなわち危機の回避には資本自由化を抑え、適度に資本規制を行うことが好ましい。

 

(3)   ヘッジファンドの空売りへの対策

 

 ヘッジファンドの空売りに対し、諸国が耐えられなくなったことが直接のアジア通貨危機の原因である。

 基本的な空売りの説明として、以下の例を挙げる。

A社の株が2か月後に下落するという情報をファンドが得ているとする。現状A社株は一株1000円である。そこで、A社の株を1000万円分保有しているB社に2か月間株を借用する。

 ファンドは株をその場で売り、1000万円を得ておく。2か月後、A社の株が900円に情報通りに値下がりする。そこで、1000万円の内900万円を使いA社株を買い戻す。すると、ファンドは100万円の利益を得ることになる。現実には、ここから株の借り賃などが差し引かれることになる。

 東南アジアの国々では1995年頃からドル高によって輸出が伸び悩み、それによってヘッジファンドは東南アジアの通貨が不当に高く評価されていると考えた。そこで、東南アジアに大量の空売りを仕掛けた。これによって、自国の通貨を支えることができなくなり、通貨が暴落した。

これを教訓として、アジア通貨危機において、多くの国が変動相場制に移行した。

 ヘッジファンドが空売りを行うには、株価や通貨が上昇しないことを掴んでおく必要がある。その情報が無くては、利上げ分を支払うリスクを負うことになる。

 固定相場制の場合、通貨の引き下げがあれば利益を得、引下げがなくても元の値段で買い戻せるのでリスクが無い。

 変動相場制であれば、通貨価値は上がったり下がったりする訳であり、ヘッジファンドは通貨が必ず下がるという確証は得ない。

 しかし、経済基盤が脆弱になった状態で、変動相場制に移行するのはリスクが大きい。

 現に、マレーシアは、固定相場制を維持しつつ、資本取引規制を厳格化することによって通貨危機に対処した。この施策は現在でも高い評価を得ている。

 以上から、固定通貨制と資本自由化は両立してはならないとの結論を得た。海外からの資本介入により、固定通貨制を維持できないからである。通貨制度と資本制度のミスマッチが危機を招く遠因となったと考えられる。

 

 

五章.まとめ

 

 以上から、アジア通貨危機が発生した最大の要因は、資本自由化をするタイミングを見誤ったことであると考えられる。仮に、ヘッジファンドの介入を制限するなり、もしくは短期債務だけでも削減していれば危機は起こらなかったはずである。それを引き起こしたのは、ひとえにIMFの政策方針が途上国の実情にそぐわなかったことであろう。

 そして、危機に際しては、マレーシアのように資本を規制し、積極的な財政出動を断行するべきである。

 通貨危機は、政策の不適合によるところが大きく、その起こりは予見しうる。経済政策の歪みを正していくことで、防ぐことができるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

参考文献

 

黒岩郁雄(2002)『アジア通貨危機と援助政策 インドネシアの課題と展望』 アジア経済研究所

橋本雄一(2005)『マレーシアの経済発展とアジア通貨危機』古今書院

国胸浩三(2001)『アジア通貨危機と金融危機から学ぶ』アジア経済研究所

大田英明(2009)IMF(国際通貨基金)使命と誤算』 中公新書

国宗浩三(2009)『岐路に立つIMF』 アジア経済研究所

 

参考資料

http://amiyazaki.net/TOFFLER/asiakiki.html(閲覧日2011/11/11

http://fund.i3vision.net/2006/07/post_17.html(閲覧日2011/11/11)

http://faculty.human.mie-u.ac.jp/~sakuradani/higasi040313.pdf(閲覧日2011/12/28)

http://jams92.org/pdf/NL38/38(02)_onozawa.pdf(閲覧日2011/12/28)