平成20516

『完璧』な男、藺相如

106-381伴 明典

 

完璧の語源

和氏の璧は、元々楚の国宝であったが、趙と密約を交わした際献じられたものである。それを知った秦は、趙に書状を書き十五城と璧を交換したいと申し出た。

 しかし、秦の王は約束を守らないことで有名で書状の内容は信用できなかった。多くの家臣は、秦に行くのをためらったので推挙された藺相如が秦へ向かうことになった。

 秦に向かった藺相如は、秦王に壁を差し出したが喜ぶばかりで城の譲渡を話そうとしなかった(地図を広げていない)。そこで、藺相如は王に歩み寄り、璧に傷があると言い王から璧を受け取った。しかし、受け取るや否や後ずさりし、城を譲る気がないならば、この璧を壊すぞと髪が逆立って冠を突き上げてしまいそうなほど※1

の形相で秦王を睨みつけた。秦王はあわててこれを受け、城を渡す約束をした。しかし、これを信用できないと考えた藺相如は、部下に璧を持たせて趙に帰らせた。

 後日、秦王にこのことを話し自分を殺してくれといったが、趙との関係悪化を恐れた秦王は藺相如を許し厚くもてなした。

 藺相如は璧を無事に持ち帰った。この故事から、傷のない玉、すなわち「完璧」という言葉が生まれた。

 そして、藺相如はこの活躍が認められ上大夫となった。

 

    1  怒髪、冠を衝く の語源になった

 

参考文献

水沢利忠 (1990) 『史記 五 (世家上)』明治書院