日本におけるテレビアニメの作り方
106−259 高井陸雄
再放送を除く一週間に放送されるテレビアニメの作品数(2009年11月時点)をご存じだろうか。答えはおよそ90作品である*1。つまり1作品の放送時間を25分と考えた場合、1週間で2250分=37時間30分のアニメーションが作られている計算になる。我々が普段何気なく視聴しているテレビアニメだが、その裏ではどのようにして制作が行われているか、またどうしてこれだけの量のアニメが制作されるようになったのかを調べていきたい。
1章
アニメの制作
まずはテレビアニメがどのように作られているか。津樫信之氏の『アニメーション学入門』(平凡社新書、2005、pp41〜42)によると, アニメの制作工程は基本的に以下の9つに分けられる。
@ 企画
アニメ制作において最初に行われるのが企画である。小説や漫画が原作となっている作品をアニメ化する場合、その原作の選定が行われる。それが終わると作品のテーマや制作の狙い、大まかなストーリーや放送予定話数等が書き込まれた「企画書」がアニメ製作会社で作成される。この企画書はスポンサーとなる企業への提示・交渉に用いられる。また脚本家へ発注する際の資料にもなる。
企画書の制作はアニメ制作の第一段階であるため、放映開始が決定する前に様々な試行錯誤が行われる。初期の企画書が決定稿と異なることはままあり、特に原作の存在しないアニメオリジナル作品では初稿と決定稿で企画書の内容が全く違う作品だとも言われている*2。
通常アニメ制作は企画書に則って行われるが、外的要因(スポンサー企業の倒産や撤退等)によって制作が企画書どおりに進まないこともある。その場合の軌道修正は非常に難しい。
A脚本
脚本は物語の進行過程が記された設計書とも言われている。企画書のストーリーの大枠に沿って、場面ごとに状況の説明やキャラクターの台詞や仕草が記述される。
具体的にはまず「柱」と呼ばれる工程がある。これは場面の時間や場所を表すものとなる。<例:警察署・外観(夜)>
次に「台詞」の工程がある。登場人物がしゃべる言葉を「」で括って記述し、「の前に役者の役名を記述する。性別が判り易いように男性は名字、女性は名前で書くのが一般的である。ナレーションの場合はNと書き、その場にいない(映像では画面に映っていない)人物のセリフは、冒頭に(OFF)《読み:オフ・ボーカル》と書くことで指定する。内心のセリフは(M)《読み:モノローグ》と表記する。<例:両津(OFF)「そんなことが……」>
そして「ト書き」の工程ではキャラクターの動きや照明、演出などについて大まかな指示を記す。目に映る動きが重視され、心理描写は通常行われない。ただしアクションシーンではあまり具体的な指示は出さない。なぜならば全体の尺がこのシーンの長さで決まるからである。
これらの工程を経て出来た脚本が以降の工程へと回される。
またこれらと同時に「ハコ書き」という工程が行われる。まず「大バコ」と言う段階ではストーリー全体の起承転結を作る。そして「中バコ」では大バコの起承転結それぞれに起承転結を、「小バコ」ではさらにそれぞれの起承転結を作ることで脚本家は放映予定を調整していると言われている。
Bキャラクター、美術などの設定作成
脚本が出来上がると、次はキャラクターや美術の設定資料が作られる。設定資料は作品を作る上で、キャラクターや小物等を統一するために必要なものである。なぜならば原画や動画の作画は複数のアニメーターの手によって行われるため、統一モデルが存在しないと作画に乱れが生じるためである。
設定はその内容により「キャラクター設定(キャラクターデザイン)」「美術設定」等と呼称が変わる。その中で日本のアニメが発祥と言える分野が「メカニカル設定」である。「マジンガーZ」や「ガンダム」といったアニメの巨大ロボットや戦艦、兵器などのデザインは、このメカニカル設定の役割である。
設定はイメージの統一に使われるため、作品の主要キャラや舞台などの絵を見本的に書く場合が多い。例えばキャラクター設定ではキャラクターの等身や表情の一覧が描いてある。
C監督
監督は作品の内容に全責任を負う立場にあり、監督が行う最も重要な作業は、脚本を元に描かれる絵コンテの作成(またはそのチェック)である。
絵コンテには、作品の画面(カット)ごとに、画面内の絵の構成やセリフ、場面の説明や効果音のタイミング、BGM等細かな指示が書かれている。1カットの中で大きな変化がある場合は何コマものイラストによって一つのカットが説明されるが、変化が少ない場合には1コマで説明される。
この「絵コンテ」が作画や美術スタッフに伝えられる指示書の役割を果たす。ただし絵コンテは単なる指示書とは言えず、絵を動かすタイミングやカメラワーク、そして作品の世界観そのものが反映されており、監督の力量が最も発揮される作業だとも言える。
D作画(原画、動画、セル彩色等)
作画には原画・動画・彩色の工程があり、このうち原画と動画を担当するスタッフをアニメーターと言う。原画は動きの基本と言える絵である。例えば1カットの中で10枚の絵が必要な時、その中で動きを表すのに適当な枚数(例えば3枚)が原画となる。言い換えると動きを作るための絵が原画である。
原画担当のアニメーター(原画家)は絵コンテの指示に従って実際の動作をイメージしながら絵を描く。そのため人間やあらゆる自然物を様々な方向からイメージし、絵に描く能力が必要になる。したがって原画は比較的ベテランのアニメーターが担当することが多い。
原画を描いたあとに原画家は「タイムシート」と呼ばれる表を作る。これにより原画と原画の間に何枚の動画を入れるか、決めポーズの静止は何コマにするか、などの細かな指示が動画担当のアニメーター(動画家)に送られる。
またそれと同時に原画は原画監督の下に送られ、キャラの配置や等身が合っているか、演出の意図通り、打ち合わせの通りに描かれているか、タイミング、セリフ合わせ、構図や演技は正しいか等、細部までチェックが行われる。
動画家に送られる原画はラフな部分があったり線がつながっていなかったり、動画家への注意・指示・参考などが書き込まれていたりするので、動画家はその原画をクリーンアップ(清書)して動画用の線にし、最終画面になる絵を作る。その際キャラクター表や作画注意事項をよく見て、原画の意図を殺さぬように清書する。特にキャラクターの目・鼻・口は視聴者が最も気にする部分なので細心の注意を払う必要がある。
原画のクリーンアップが済むと、動画家は原画家から送られたタイムシートの指示を基に原画の間に絵を入れて動きを完成させる。これを「中刷りする」という。
中刷りする際はまずラフな線で動きを作る。納得いく動きができたら、キャラデザインを守りつつ、原画に線の太さを合わせてクリーンアップしていく。
動画のクリーンアップが終わると、動画チェック担当の手に渡り、問題がなければ彩色へと回される。動画のチェックは動画の経験を積んだベテランが行うことが多い。動画のチェックで行われるのは、動き、線が抜けていないか、指示通りの作画か、セルが足りているか、小物の描き忘れは無いか、さらにはカットのつながりは正しいか、キャラのコスチュームは一貫しているかなどにも気を配らなければならない。したがって動画チェック担当には常に正しい判断力と作画力が求められる。
原画や動画が出来上がると、それらは彩色の工程に回される。そこではまず色の指定が行われる。一枚の絵を完成させるのに必要な色は人物だけでも、髪の毛でノーマルと影の最低2色ずつ、さらに口の中の歯や歯茎、舌の色なども細かく指定されており、それらは人物ごとに違うので何十色にもなる。
色の指定が終わると、動画用紙に書かれた動画をパソコンに取り込みデジタルデータにすることが多い。この工程は「スキャン」と呼ばれる。スキャンの際に一本の線の中で太さの変化は写し取れるが、鉛筆の濃さの変化はうまく写し取れない。そのためスキャンの後には途切れた線の修正を行う。
デジタルデータでは色を塗る部分が閉じていないと、隙間から塗り漏れを起こし、色を塗ることが出来ない。そのため線の修正は必須となってくる。
線の修正が終わるといよいよ彩色を行う。デジタルペイントにはセルに直接彩色を行っていた頃と異なり、絵具を乾かす手間が無い。さらに同じ色を連続して使用するのが容易なこと、さらに特定部位を拡大して細かな彩色が可能であること、彩色の誤りがあっても修正が容易であるなどの多くの利点がデジタルペイントにはある。
彩色が終わるとアニメにおける動く素材が全てそろうことになる。
E背景画(美術)の作成
背景画の作成は動画の進行と平行して行われる。背景はアニメーターによって描かれるのではなく、背景画専門のスタッフによって描かれる。この作業全体を統括するのが「美術監督」である。
背景は原画家が描いたレイアウトを基に描かれる。通常はカットにおける視界の広さに合わせて描かれるが、キャラクターがカットの中で歩いたり走ったりする場合は、その距離に応じたヨコ長の背景が描かれる。
背景で気をつけねばならないのは、動画との組み合わせがある場合だ。例えば窓の向こう側から顔を出しているキャラクターを描く場合、背景と動画にズレがある事は避けなければならない。したがってレイアウトの段階で背景と動画の組み合う部分が決められ、背景担当とアニメーター双方に細かい指示が出される。この指示は動画のチェック担当が行う。
背景が描き終わると動画と同様に彩色が行われる。最初にノーマル(昼)の一枚絵を作り、それとは別に夜や夕方の設定を別色で作る。また、シーンごとに特別な光の当たり方がある場合、専用の色を作る。
背景は動画と異なり、クリーンアップ(清書)したものではなく、OKの出たレイアウトをデジタルデータにする。それからパソコン上で描くのが2004年以降では主流である。
F撮影
カットごとに必要な動画と背景画が揃うとこれらを「撮影」し実際のアニメーションフィルムへと仕上げる。
アニメーションの撮影では基本的に背景画を一番下に置き、その上に動画を重ねて取り替えながら撮影するというスタイルをとる。
従来は「撮影台」と呼ばれる撮影のための特殊なカメラ設備を使って撮影が行われていた。現在では撮影もデジタル化され、PC上で撮影ソフト(RETAS STUDIOシリーズの「CORE RETAS」2008年12月発売、等)を用いる事が多い。
撮影の手順としては、最初にタイムシートの数値を撮影ソフトに入力する。そして動画・背景などのデータをタイムシート通りに動かし、カメラワークをつけてカットとして仕上げる。その後は画面を光らせるなどする特殊効果の作業を必要に応じて行い、レンダリング(画像の統合作業が終わったものを、ムービーファイルに書き出すこと)することで撮影の工程が終わる。
G音響制作(音楽、効果音、録音)
作画や背景画作成から撮影に至る工程と同時に、音響に関する工程も進んでいる。音響の仕事は音楽(BGM)の制作、効果音の作成、キャラクターの声となる声優の声の収録が主なものとなる。これらの個別に作られた音素材は音響監督(録音監督)によって合成され、音フィルムとして完成する。
一般に最も知られている工程は声優の声の録音だと思われるが、日本では完成した画面を見つつ声優が演技する「アフレコ」{アフター・レコーディング(和製英語)の略}が多く採用されている。理由は様々だが、一つは収録した台詞の演技が意図したものとずれる場合がある事、他に先に音声の収録をすると、それが終わるまで他の工程の多くが進まない事などがあげられる。
声の収録の以外の工程は、BGMに関しては作曲家への依頼が行われ、効果音に関しては生録音の他にシンセサイザーや似た音を発生させる(例:ロープを振り回して風の音を作る)などして進められていく。そして音素材の合成の後に出来上がった音フィルムを音の無いフィルムと組み合わせ、最終チェックへと回される。
H編集、プリント
音のないフィルムと音フィルムが出来上がると、それらの合成を行う。
そして、最終チェックを経て一つのアニメとして完成する。
このような作業を経て、我々が視聴するテレビアニメは作られている。
2章
アニメ作品氾濫の理由
さて、テレビアニメの制作は上述したような作業の繰り返しとなる。現在の日本のアニメ制作会社では25分のアニメを作るのにおよそ1000万円以上の資金(2009年現在)が必要であり、その製作費資金は主にスポンサーからの援助で賄われている。製作費は多数の項目に分かれており、固定費となる制作管理費用や脚本・コンテ・演出料等がある。ちなみに製作費はテレビアニメが登場した1960年代では作品一本当たり180万円程度であった(ラーメン1杯が40円の時代)。その後の物価の上昇に伴い、1977年には600万円を超え、バブル期には最大で1300万円程支払われていた*3。
1980年代まではスポンサー企業が単独で制作会社に出資を行うのが一般的であったが、90年代から複数の企業で出資を行う制作委員会方式が採用された。現在では大半のアニメが制作委員会方式で作られている。
この方式は出資者から見ると、リスクが下がることでスポンサーとして新規参入が容易になるというメリットがある。さらに制作会社から見ても単独スポンサーであった頃と比べ、スポンサーとなる企業の経営難による撤退といった不慮の事態が起きにくいというメリットがある。
しかしこの方式が用いられる事で新たに生じる問題もある。
製作委員会方式は出資者が関連事業で収益を確保する事を目標としている。そのため制作される作品はゲームやライトノベル等を原作とし、一定の売り上げ実績を残してきたものが選ばれる事が多い。言い換えれば商業的期待値と確実性のより高い原作を要求する傾向が強い。これは視聴者からすると同じような展開の作品が続くことになるため、マンネリが発生しやすい。さらには人気のある原作の大量消費につながる。
別の問題としてはリスクの分散による著作権および責任の分散がある。例えば制作中の作品がクオリティ面の問題などで明らかな失敗作になることが予想される状態に陥ったとしても、他者から必要以上に責任を転嫁される事を恐れて誰も軌道修正をしようとしたがらない。さらに本来ならばプロデューサーの権限で修正できる問題について他者の同意や事前交渉ができなかったなどの理由で軌道修正が出来なくなる等の事態に陥ることもある。またスポンサー間で意見の対立が起こると実際に制作を担う人たちは板挟みとなり、両方の顔色を伺いつつ制作を行ったために中途半端な作品が出来上がってしまうという事もある。その結果、関連事業が不振になったとしても最終的な責任はうやむやになってしまう。
多くの問題を抱える製作委員会方式であるが、これが普及している理由を考えるにはアニメ業界におけるビジネスとはどのようなものであるかを知る必要がある。
基本的にテレビアニメを視聴するのは受信料の支払いや有料放送局を除けば無料である。となれば、アニメ制作会社はどうやって収益を上げるかが問題となる。
一つの方法は再放送の放送権を売る事である。放送権とはテレビ局がアニメを放送してもよい権利の事である。放送権は作品一つ一つ別個に購入する必要があるため、制作会社に一定額の収益が入る。2001年の段階では、2年間で1話60万円が相場と言われている(期間中は何度でも放送可)*4。例えば26話の作品の放送権を一つのテレビ局に売ることで単純計算すると1560万円の収益が上がる。
ちなみに放送権の販売は日本国内だけでなく海外の国々に対しても行われている。こちらの場合は欧米向けであれば1話1万ドルが相場と言われている*5 。
放送権という言葉が作られた理由はテレビアニメ『鉄腕アトム』において、制作会社主宰の手塚治虫が同時に原作者でもあるという事にあった。彼は自身の作品でもあるアニメ版の著作権を放送局に売り渡すことに難色を示し、代わりに放送権という考えを生み出したとされる。
収益を上げる別の方法として文具や食品、玩具やその他アニメ関連グッズの販売がある。これは作品そのものやキャラクターの人気が大きく関係するため、どの程度の収益を上げるかはピンキリとなる。
一つの成功例としてアニメ「ポケットモンスター」関連の食品を紹介する。株式会社永谷園では1997年からこの作品のキャラクターを用いたふりかけとカレーを販売していた。それらは販売からわずか半年で、各々売上10億円を突破した。永谷園がアニメ「ポケットモンスター」の制作元であるテレビ東京にロイヤリティを5%支払ったと考えた場合、半年で1億円以上の金額がテレビ東京に流れ込んだと考えられる。
その他にも本編DVDやオープニング、エンディングのCDの販売なども考慮するとアニメ市場は権利によって巨額の収益を上げる事の出来る市場だと考えられる。
したがって製作委員会方式の枠組みの中に入り、アニメ作品に対して著作権の一部を持つ事はスポンサーにとって重要なものとなる。
前述した製作委員会方式はリスクが少ないが、単独でスポンサーとなった場合よりリターンも少ない。そこでスポンサーは1作品に出資する額が少ないならば多くの作品に出資をして収益を上げようと考えるのが自然な流れである。そして新規参入のスポンサーが増えたことで今までどおりの作品数では出資できる額が少なく、大した収益にならない。したがってスポンサーは出資する額を増やすために1週間で放送される作品の数を増やしていったのではないかと考えられる。
*1 角川書店『月刊ニュータイプ2009年12月号』2009 pp112~126
*2 http://www.amazon.co.jp/ 電脳コイル企画書
*3 廣済堂「これがアニメビジネスだ」多田信、2002 p79
*4 廣済堂「これがアニメビジネスだ」多田信、2002 p77
*5 廣済堂「これがアニメビジネスだ」多田信、2002 pp154~155
参考文献・URL
廣済堂「これがアニメビジネスだ」多田信、2002
平凡社新書 『アニメーション学入門』津樫信之、2005
誠文堂新光社『アニメーション制作の教科書 アニメーション・バイブル』2009
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Spade/2087/p-history.html ポケモン年表
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%B6%E4%BD%9C%E5%A7%94%E5%93%A1%E4%BC%9A
Wikipedia
製作委員会方式