アフリカ支援を行うべき理由と日本の取るべき戦略

平成19331

森奈津子

1. 歴史的に見たアフリカ諸国の貧困の理由

 サハラ砂漠以南のアフリカ諸国では、人口に対する絶対貧困層の割合は49%であり、国民の約半数が11ドル以下の生活を余儀なくされている。しかし、アフリカ地域は人類発祥の地でもあり、本来は豊かな自然に恵まれた決して貧しい地域ではなかった。四大文明の一つであるエジプト文明もナイル川流域に生まれたものであるし、現在最も貧しいとされているサハラ以南の地域においても19世紀に植民地化されるまでは栄えていた。

現在のアフリカ地域の貧困には歴史的背景が大きく関わっている。アフリカの国々は奴隷としてアメリカ大陸に連れて行かれ、第二次世界大戦以前は先進諸国に植民地化された歴史を持つ。そのため、経済発展もできず、政治的にも成熟する事ができなかった。    それと同時に多くの資本や財産を先進国に奪われてしまった。また、植民地から解放された際にも、先進国の勝手な線引きにより国境が決定されたため、民族同士の関係が安定せず紛争が頻発している。経済も、植民地であったために搾取されつづけ、独立して国家を運営できる状態にない。またプランテーションを強制され続けてきたため、農業が主な産業であるにも関わらず、自国の食糧生産すらまかなえない状態にある。旧来の植民地関係からは解放されたかもしれないが、経済においては未だに旧宗主国が大きな影響力を持っているケースも少なくない。

 ここで重要な事はアフリカの国々が現在貧困にあえいでいるのは、必ずしも地理的要件や自然環境にあるのではなく、同時に彼らの努力不足によるものでもない事である。アフリカの国々は過去に侵略を受け、貴重な資源と時間を不当に奪われてきた。その結果として現在の貧困につながっているのである。

 

2. 日本が対アフリカ支援を行う必要性

 上述したように、アフリカは旧宗主国(主に現在の先進国)の理不尽な干渉が貧困の大きな原因となっている。先進国はその代償を支払わなければならない。ヨーロッパ諸国やアメリカは、今まで搾取してきたアフリカの人々に対して責任を負うべきであり、きちんとした補償を行う必要がある。その意味でもこれらの国々がアフリカに対して支援を行う事は当然の事である。一方、日本は直接アフリカから略奪したことはない。しかし、私たちはこれまでアメリカやヨーロッパ諸国との貿易により発展してきたのであり、全くの無関係ではない。アフリカ地域において搾取された富がアメリカやヨーロッパを経由して私たちの生活を豊かにしてきたことは事実である。今日、日本は経済大国として国際社会で一定の地位を占めている。世界が密接に関係している現代の国際社会において、日本だけ責任がないと言う事はできない。

 日本がアフリカに対して支援を行うべき他の理由として、日本がアフリカに対し積極的に支援を行う事が、アフリカの人々に感謝されるばかりでなく、国際社会における日本の地位向上にもつながる事が挙げられる。日本は海外との関係がなければ持続する事ができない。従って、外国との関係は極めて重要である。国際社会で信頼と評価を得る事は日本にとって大きな財産になるだろう。そしてそれは、国家の安定的発展には欠かせないものである。

 

3. 日本のODA

 発展途上国への支援として日本政府はODAを提供している。日本のODAは平成19年度予算で約14000億円を計上しており、アメリカに次ぎ世界第2位の拠出額である。しかし、日本の国際的な評価は必ずしもその実績に見合っているとは言いがたい。その原因には、日本の支援が有効に活用されていない事が指摘できる。その金が国民の税金から支払われている以上、政府は支援が有効に機能するよう務めなければならない。また、広い視野で見れば日本の利益に関わる問題であるため、国民も高い関心を持つ必要がある。

 日本のODAの歴史は第二次世界大戦後に支援を受ける側としてスタートした。日本も戦後、アメリカを初めとした先進国の支援を受け復興したのである。そして1954年にODAを拠出する側となる。日本はビルマやフィリピンを初めとする国々に対する賠償供与の形でスタートした。日本のODAは純粋に発展途上国に対する支援ではなく、戦後賠償の意味が色濃い形で始まった。この事はその後の日本のODAに大きな影響を与えている。現在日本のODAの重点はアジア地域に置かれているが、近年アフリカ地域の貧困がより深刻な状態になっており、アジア地域は経済的に発展しつつある。特に日本のODAは必ずしも最も貧しいとされている国々に提供されているわけではなく、成長を見せつつある中国等にも振り向けられている。これには、日本のODAが未だに賠償の一環として行われているという事を示している。

 日本は多額のODAを拠出しているが、その多くは最も貧しいアフリカ等の地域に送られているのではなく、賠償の一環として中国等のアジア地域に送られている。確かに先の大戦で日本はアジアの国々に多大な被害を与えたのであり、その行いに対して謝罪と補償を行う義務を負っている。その方法の1つとしてODAが使われた事は理解できる。しかし、戦後60年も過ぎ、各国との国交も正常化した今日、本来ならば発展途上国を支援するためのODAを、賠償の道具として使い続ける事は、経済大国として日本が国際社会に対して果たすべき役割を充分に果たせなくしている。社会情勢が大きく変化した現在において、日本がODAの名目で賠償を行う事は、本来支援されるべき国々に手が届かなくなる点で不誠実である。この事が日本の対外援助があまり評価されない事の一因ともなっている。一方で諸外国はODAをより戦略的に実施している。特に中国は日本から提供されたODAを元にアフリカ地域の国々に対して支援を行い、アフリカ諸国から感謝されており、自国の国際社会における地位を高める事に役立てている。日本は自国の国益を保護するためにもこれまで以上に戦略を持って対外支援を行うべきである。

4. 日本が支援を行う意義

 貧しい国の人々を支援すべき事は人道的見地から言うまでもない事であり、国際社会の安定と日本の地位向上が私たちにとっても重要である事は先に触れた通りである。しかし、それとは別に日本が貧しい国々に支援を行う事は日本人が自信を取り戻す事にも役立つと私は考える。今日、日本人はどこか自信がないと言われ、対外的にも日本としての主張をはっきりと示す事ができず、国内的にも人々は得体の知れない不安に苛まされている。この原因は日本が海外の国々と関わっている中で、世界に対してどの様に貢献しており、どの様に日本が必要とされているかを日本人が感じる事ができない事にある。

憲法9条の規定により軍事力を持って世界の平和に貢献する事ができない私たちは、自国の安全保障をアメリカに任せてしまい、憲法前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とある様に自分たちの安全と生存を他人任せにしてしまっている。しかし、この様な憲法の規定の中でもODAは私たち日本人に誇りと自信を取り戻す事ができる手段であり、日本の国益を能動的に保護できる方法である。日本が本当に支援を必要としている人々に救いの手を差し伸べれば感謝されるであろうし、国際的にも評価され賞賛される様になるだろう。そうなれば日本人も自分たちがどの様に世界と関わっていけばよいのか、どの様に貢献できるのかが理解でき、自信を取り戻す事ができるはずである。

 

5. これからのODAのあり方

 これまで日本のODAは戦後賠償として発展途上国を支援するという本来の目的からは少し外れた利用をされてきた。また、日本のODAは日本企業への利益誘導であるとの批判も受けてきた。しかし、これらは日本が国際社会に復帰し、アジア地域で認められるため、また日本が経済発展を果たすために必要な発展段階であったと見る事もできる。今、重要な事は、今日の日本の発展状態と国際社会の環境を考慮した上で、適切な行動をする事である。戦後賠償はすでに完了しており、日本は経済大国としての地位を占めている。これからの日本のODAは自国の立場を理解し、自信を持って貧しい国々を支援するために実施されるべきである。