平成211016

中田英寿(19

104-417 樋川 朋也

移籍交渉

1998723日、再びペルージャに赴いた中田は、アレッサンドロから改めて正式な契約の手順を伝えられた。

この時点では、中田がベルマーレ平塚からACペルージャへ移籍することを決めただけで、全ての契約はペルージャに到着してから行われた。

契約は大きく分けて2つ。1つはペルージャとベルマーレ平塚が結ぶ、移籍のための契約。ベルマーレからペルージャが中田を保有する権利を買い取るために支払う移籍金の額を決め、その支払い方法を決めることだ。

もう1つは中田個人がペルージャと結ぶ契約だ。年俸と契約年数を決めるほかに、多くの細かい条項が用意されていた。その中には、中田が契約年数に満たない期間で他のクラブに移籍する場合の違約金に関するものなどがあった。

ペルージャ側と中田側の主張は対立した。中田に4億円の移籍金を払うペルージャは、中田をペルージャ生え抜きの選手にするつもりだった。この先、中田を欲しいと思うクラブが出た時のために高額な移籍金を提示した。一方、中田側はより良い条件を求めて何度でも移籍ができるように、法外な移籍金を課せられたくはなかった。

契約年数にも意見の対立があった。ペルージャ側が提示する契約年数は5年。契約途中で移籍する場合はさらに高額な違約金が加算される。これでは巨額の金銭が原因で次の移籍の機会が潰れる可能性が大きい。

724日、ペルージャ移籍の記者会見を行う時間になっても契約内容のすり合わせは進まなかった。結局、契約書の詳細に関する結論は、後日話し合うこととなり、中田がペルージャと本日から5年間の契約を結ぶ、という新しい契約書にだけサインすることになった。

ペルージャとベルマーレ平塚の移籍金に関してはほぼ成立し、最終的な支払方法やその手順に関しては後日話し合うことになった。

しかし、順調に進んだこちらの契約に問題があり、中田の移籍は遅れることになった。

 

 

 

 

 

 

参考書籍

小松成美 (1999) 『中田英寿 鼓動』 幻冬舎