平成21626

中田英寿(11

104417 樋川 朋也

2.フランス・ワールドカップ後(続き)

次原は、さまざまなエージェントから持ち込まれる話の中に中田の移籍のチャンスがあるのではないかと思った。そして、どんな些細な情報にも耳を傾け、中田にとってより良い環境と好条件を探そうと躍起になっていた。しかし、連絡の多くは胡散臭いものだった。

例えば、ある男は、有名なクラブの名前を挙げ、莫大な金額を提示し、中田のサッカー選手としての商品価値を最高に活用してビジネスをしようと持ちかけてきた。その男の条件は「エージェントのゴードンを切ること」だった。次原が、その男に「まず初めに移籍先のチームの条件やサッカーの方針をレポートにして提示してほしい」と言うと、男は「お嬢さん、この世界を甘く見るんじゃない。我々の仕事はコネクションが全てなんだ。契約書?笑わせるな。俺を信用して金を儲けるか、馬鹿正直に移籍して小さな金で満足するか、どちらかだ」と言った。同類のエージェントは後を絶たなかった。

さらに次原を苦しめたのは、パートナーであるゴードンを中傷する電話だった。アルゼンチン戦が終わってから頻繁になったゴードンへの攻撃は、日々、激しさを増した。エージェントを名乗る者たちは、ゴードンの悪口を語り、彼を代理人に選んだ中田が心配だと言った。

密告を装う電話が、エージェントから選手を横取りするときの常套手段ということは、次原にもよく分かっていた。しかし、微かな不安はあった。ゴードンはともかく、彼の所属するマネージメント会社は、中田を金銭に置き換えることが当然だと思っていた。

また、自分をある大きなイタリアのクラブの唯一の代理人と名乗った男は、次原にゴードンを切ることと、モンテカルロまで来ることを要求してきた。クラブ名を明かさない男に対して不信感を持ちながらも、中田に選択肢を増やしたいと考え、さっそくゴードンに相談した。彼はそのエージェントの経歴と実績を調べ、また、移籍の話が最良のものならば自分はエージェントを降りてもいいと言った。

数日後、次原のもとにゴードンから電話が入った。

「男は、そのクラブに『自分は中田と代理人契約を結んでおり、他のエージェントにはまったく権利がないと』と告げている。その証拠として、中田から全権を委任されている個人マネージャーを、これはあなたのことだが、モンテカルロに呼びつける、と言ったらしい。あなたがモンテカルロに行けば、その男がクラブから信頼を得るわけだ。驚いたことに、彼には犯罪歴があった。詐欺罪だ。すでにFIFAのエージェントパスを剥奪されている」

 

 

参考書籍

小松成美 (1999) 『中田英寿 鼓動』 幻冬舎