平成21年5月22日
中田英寿(6)
104-417 樋川 朋也
4. 中田へ向けられる目
中田に対する評価は、二つあった。ひとつは、サッカーの技術に対するものだ。攻撃的ミッドフィルダーとしての資質は、ヨーロッパ、南米、アフリカを見渡しても頭ひとつ抜け出ていた。ゴードンは、中田のプレーを初めて見たとき、二十歳のガスコインを思い出していたが、それは他のスカウトも同じだった。ガスコイン、ジダンやデル・ピエーロを継ぐ選手として、中田は嘱望されたのだ。エージェントには選手の半年後の姿、一年後の姿、そして二年後の姿を知る先見の明が必要とされる。日本代表としての中田だけを評価し、それが彼の実力のすべてだと考えている者は、誰一人としていなかった。
そして、中田へ与えられたもうひとつの評価は、金になる選手、というものだった。
中田に対するエージェントたちの意見は一致していた。それは、ヨーロッパのリーグでプレーすれば中田の潜在的な才能は一気に発揮されるはずだ、というものだ。選手の移籍が少ないJリーグに比べ、ヨーロッパでは、その選手の実力と比例するように移籍は繰り返される。強いクラブへの移籍こそが、選手の力を示す物差しだ。ヨーロッパのサッカービジネスで動く金額は、まさに桁外れだ。活躍し、実力を見せつけた選手には、巨額の移籍金が提示された。選手にとって高額な移籍金は、栄誉以外のなにものでもなかったが、その金を目当てにする者は後を絶たなかった。
エージェントの報酬は、移籍金のおよそ二割。金に執着するエージェントたちは、活躍する選手、すなわち高い移籍金が次々に提示されるであろう選手にしか興味を示さなかった。中田はすでに「金を産む選手」として、彼らのリストに上がっていた。
ハイエナのようなエージェントは、選手のためにクラブを選ぶのではなく、金だけを基準にクラブとの交渉に入る。狙いを定めた選手の代理人を装い、偽装のまま、クラブと交渉に入ることもあった。通常の世界では信じがたい詐欺のような行為がまかり通っていた。サッカーの世界では、暗躍する者が成功を手にすることも少なくなかった。
一度、金儲けの道具にされた選手は、その社会からなかなか抜けられない。
参考書籍
小松成美 (1999) 『中田英寿 鼓動』 幻冬舎