平成2151

中田英寿()

104-417 樋川 朋也

1.      移籍交渉当時の日本

ワールドカップを前に、日本のメディアは中田の移籍を大きく取り上げた。中には、ヨーロッパのクラブがジャパンマネーを目当てに中田を引き受ける、という報道まであった。中田はスポンサー付きだからヨーロッパのクラブに移籍できるんだ、と。あるスポーツ新聞には、中田がシューズの契約をしているフィラが金銭を出し、チームスポンサーになっているイタリアのフィオレンティーナに入ることが決定したという、馬鹿げた記事まで出た。

また、Jリーグの選手規約には、日本独特の「移籍係数による移籍金の算出」がある。年齢によってその係数が異なるのだが、中田のような若い選手の場合移籍係数は高く、巨額の移籍金が必要となる。もともと、人気のあるクラブに選手が集中することを避けるために、安易な移籍防止を考えて設けられたこのルールは、ときに若い選手の足かせとなる危険があった。

 

2.      中田とゴードンの対面

ワールドカップ・アルゼンチン戦の後、中田は監督の許可を得て、エージェントのゴードンと初めて会い、詳しい話し合いを行った。ゴードンはこれまでの状況と最新の情報を中田に伝えた。ゴードンの元には、アルゼンチン戦を終えた中田についての新たな問い合わせが複数届いていた。それらの情報をもとにクラブを選別するための話し合いが始まった。

最初にどの国の、どんなチームを選ぶかが、中田の将来に大きく影響する。何を基準にチームを選ぶか問われた中田は、プロとして金銭が一番、サッカーをするための環境が大事、と答えてきたのと同じくらい監督が大切だと答えた。

中田は今まで完全に監督を信頼できたことがない。だから移籍するチームを決めるときには、まず監督と話をして、まったく疑うことなく信じられる戦略を提示してもらう。もしくは中田のプレーを信じ、彼の戦略を全面的に指示してくれる監督。そういう監督なら、話し合い、トレーニングを重ねてチームをつくっていけると語った。

 

 

 

 

 

 

 

参考書籍

小松成美 (1999) 『中田英寿 鼓動』 幻冬舎