2007年6月29日
104−098
岡崎正尚
<殺人者報道の推移と、マスコミの求める絵>
〜戦後最初の検察側上告事件と、最近の検察側上告事件から〜
戦後、検察側から上告を受けた死刑求刑事件被告人は、16名である。
1981年1名
1997年4名
1998年1名
2000年1名
2002年1名
2003年1名
2005年3名
2006年1名
2007年3名
となっている。結果が出たのは8名、破棄差し戻しとなっているのは3名である。破棄差し戻しの場合、最高裁ですべて弁論が開かれ、上告棄却で弁論が開かれたのは1名である。
事例1・永山事件
永山事件概要は、1968年、19歳だった、無職の永山則夫が、口封じのためにとっさに2名を別の機会に殺害し、強盗目的で2名を計画的に別機会に殺害した、というものである。一審には10年を要し、1990年に漸く死刑が確定した。
・殺人2件は計画性、確定的な殺意は無い。しかし、強盗殺人2件は計画性、確定的殺意があった。強盗殺人未遂も犯している。何れも米軍から盗んだ拳銃を使用している。
・貧困の中に育った。親にはろくに育ててもらえず、兄弟からは暴力を加えられていた。尊敬していた父親がろくでもない男だったと知らされ、ショックを受けた。友人もあまり出来なかった。
・遺族に保障をしている。しかし、受け取ってもらえなかった。処罰感情は激しい。
・それなりに反省している。しかし、死刑廃止を訴え、弁護人や支援者を罵るなど、行状は必ずしも良くない。被害妄想に取り付かれていた。
・補導歴がある。
・被害者には何ら落ち度は無い。
・欲望を満たすための犯行。
・・・新聞報道・・・
毎日新聞は、以下のような記事を載せていた。
「死刑制度を守る立場からは、最高裁の判決もやむを得ない。が、無期懲役とした東京高裁の判決がいいかげんだったという事にもならない。世界中が、生を裁く重さに呻吟しているのだ」(83年7月8日近事片片)
「(死刑を)なるべく早く廃止するのがスジだろう」(83年7月9日余禄)
「再び死刑の不安に曝される。被告の気持ちを思えば、耐え難いことであろう。(略)(最高裁破棄差し戻しの是非論につき)そのどちらにもそれぞれの立場や感情があって、是非を決することは難しい」1983年7月9日社説
「死刑囚4人に刑が執行される。思うに、祈願も歴史も模範も目に見える自己もない年月だったろう。生理的恐怖、精神のなぶり殺し―――是非論が出発すべき原点だ」1997年8月2日近事片片
事例2・静岡二女性殺害事件
2005年1月、静岡県のクリニックの建物で、二名の初老の女性が喉を切り裂かれて殺害された。2月に、取調室で暴れた静岡大学夜間部四年生、高橋義政(24歳)が容疑者として逮捕された。2件の強盗殺人で起訴。高橋は、黙秘していたが、初公判で犯行を認めた。死刑を求刑されたが、一審二審共に無期となり、検察側から最高裁へと上告された。
・殺人に計画性は無い。また、一件の強盗殺人、一件の殺人と認められており、金品の窃取は隠蔽工作の一部に過ぎない。
・被害者が苦しまないように配慮して殺害している。
・親から暴力を振るわれていた。兄弟の中で一番酷い目にあっていた。弟に対し、しつけとして暴力を振るっていたこともあった。親につけられた傷にハエが集り、小学校時代には銀蝿と呼ばれ、苛められていた。結局、家族からも捨てられた。友人は出来ず、死が犯行のきっかけとなった女性が、初めて信頼できた人だった。
・ 前科前歴は全く無い。
・ 謝罪している。一審公判時は、法廷で遺族に土下座した。一審公判から、逮捕時と比較してげっそりとやせ細っていたらしい(逮捕時から体重が20キロ落ちたとの事)。一審結審の時には、「(判決までの時間が)もっと短くなりませんか」と裁判長に問いかけた。私が控訴審で見た時には、今にも自殺しそうに見えた。声には覇気が無く、か細く、虚ろで小さかった。
・ 一審から死刑を覚悟し、弁護人に荷物を預け「死刑になったら捨ててくれ」と遺言を残していた。二審判決前には、弁護人に対して、「自分の過去を理解してくれて嬉しかった。感謝の気持ちを伝えて欲しい」「(更正について)今の自分には出来ておらず、お詫びしたい」と裁判長に伝えることを依頼している。弁護人は、被告人が死刑前提で考えていると感じたらしい。
・被害者に何ら落ち度は無い。
・特有の思考様式に基く犯行。犯行対象であった医師も、犯行原因となった女性の死には責任は無かったと思われる。
・遺族の処罰感情は厳しい。
(判明している限りの、高裁で新たに提出された証拠)
・検察側の取調べ状況に関する取調官の調書
・30分程度の被告人質問
・遺族の厳罰を求める意見書
・・・・新聞報道・・・・
毎日新聞静岡版・・・・一審判決前には、中立な内容の記事を載せている。しかし、控訴審判決の時には以下のような記事を載せていた。
「高裁判決はその点(生育環境が死刑の回避理由となりうるか)について踏み込んだ判断は示していない。口封じのために何の罪も無い家族が殺された遺族の処罰感情も、置き去りにされたままだ」
静岡新聞は、以下のような記事を書いている。
「(一審で心理鑑定を実施しなかったことについて)十分な審理が尽くされたと伝わらなければ、落ち度が無いまま殺害された被害者等の遺族の納得は得られない」一審判決時解説
「(略)東京高裁判決は、女性従業員二人を殺害した犯行の本筋ではない部分(公務執行妨害について)を有罪に差し替えたに過ぎず、全体として『温情判決』のトーンは変わらなかった。(略)凶行の背景に幼少時に両親から受けた暴力があったことも否定できないとして、改めて無期懲役を言い渡した。だが、極刑を望み続けた遺族にとって、判決は到底受け入れがたいだろう。国内では近年、増加の一途を辿る凶悪犯罪への抑止や厳罰化を求める世論の高まりを受け、遺族の意向に寄り添った死刑判決が増えているが、今回はそうした『遺族の声』よりも『被告の矯正』が優先された形だ。遺族の精神的救済はまたもなおざりにされたと指摘せざるを得ないだろう」平成19年6月14日夕刊解説
静岡新聞による判決要旨の、減刑理由に関する記載は以下の通り。
「実父の暴力的虐待と実母の愛情欠如の元で成長し、いじめを受けてきた劣悪な生育環境が、被告人の人格形成や規範意識の形成に及ぼした悪影響は否定できない。被告人は、よき理解者に出会い、これらを見直す機会をつかみ始めていた矢先に、その死によって、甚大な喪失感、絶望感を味わい、再び自分の存在意義を見失ってしまった事が本件の背景にあると認められる。(略)これまで前科前歴は無く(略)特段犯罪傾向があるとは認められず(略)自らが犯人であると認め、謝罪の言葉を述べるにいたっている」一審判決
「強盗殺人は一件であり、しかも典型的な強盗殺人とは趣を異にする(略)犯行自体が計画的な物とは言いがたい(略)犯行を認め被告人なりに反省悔悟の態度を示していること、若年であり前科が無いこと、被告人の境遇には不遇な面があり、それが被告人の偏った価値観、世界観、正義感の形成に少なからぬ影響を与えている可能性が否定できない(略)殺害された被害者が二名の同種事案の量刑動向などを併せ考慮すると、原判決の量刑を否定し、被告人を極刑に処することについては、なお躊躇せざるを得ないところがある」高裁判決
総論
・記事を見る限り、毎日、静岡は、高橋義政控訴審においては、被告人は成育歴ゆえに不当な減刑を受けた、という絵を作ろうとしていたとしか思えない。減刑理由は、静岡新聞記載の要旨を見る限りでは、不遇な生育歴のみではなく、様々な要素である。また、静岡新聞においては、被告人の公判中の態度などは判決時に書かれていない。
・必要とされる絵は、その時代の流行によって左右される。永山事件の差し戻し、死刑執行の頃は、死刑廃止が人気であり、現在は、それとは逆である。
<<参考文献>>
静岡新聞
毎日新聞