騒音トラブルの恐怖 第1回
ピアノ殺人事件(最初の騒音事件)
1974年、神奈川県の平塚市の県営団地で、母親と8歳、4歳の娘、三人が自宅で刺殺された。
部屋には真新しいアップライトピアノが黒光りしており、その隣の部屋の襖には、「迷惑かけるんだから、スミマセンの一言ぐらい言え、気分の問題だ・・・・・・」との走り書きがあった。
犯人は被害者の上階に住む男・大沢留三(46)で、ピアノの騒音がうるさくてやったと供述した。
京都の悲劇
京都の下町にある、鉄筋コンクリート造7階建てのアパートの駐車場で山本幸男(53)が殺害された。犯人は隣の部屋に住んでいた大村忠(53)で、被害者と同じく、事件の20年ほど前のアパート分譲当初から住み続けていた。大村は気の荒い激昂型の人間で、アパートの住人とも何度かトラブルを起こしていた。
殺された山本は、年老いた母親と二人暮しであった。母親は老人性難聴で耳が遠かったため、山本は母親に話しかける時はいつも、大声で怒鳴るように話していた。
気になる上階音
1999年9月、北九州で、夫婦がナタで切りつけられるという事件が発生した。被害者は田上夫婦(夫36歳、妻34歳)で、加害者は上階に住む長谷川正仁(45)で事件の数ヶ月前に引っ越してきて、妻と3人の子供で暮らしていた。上階からの足音や物音が気になった田上夫婦は、電話で抗議したり、道端で会うたびに静かにしてくれるように注意をしたりした。
事件当日、田上宅で上階からドンという衝撃音が響き、これを注意するため、別の住人もともなって上階へ向った。玄関先で激しい口論となり、興奮した長谷川がナタで切りつけ、頭や腕に三週間の怪我を負わせた。
騒音おばさん
2003年、和歌山県に住む主婦が、隣の家への嫌がらせで、9ヶ月にわたってラジオや目覚まし時計を連日早朝から午前2時まで大音量で鳴らし続け、隣の主婦に慢性頭痛症の傷害を負わせたとして逮捕された。
逮捕された主婦と被害者となった隣家の主婦の確執は、被害者の子供がキャッチボールをしていたときに、加害者の車にボールを当ててしまったことに始まった。その後トラブルはエスカレートし、被害者の家族を中傷して名誉毀損で刑事告訴され、逮捕抑留されたが起訴猶予処分となり釈放されるということも起こっている。嫌がらせはこの直後から始まった。
1983年の警察白書で、「都市化の進展と犯罪」の中で初めて、騒音を原因として発生した事件について言及している。これによると「過去3年間に検挙した騒音殺人事件は57件である」と報告されている。以降この種の報告はされていない。
海外の騒音事件
ニューヨークで3人が射殺される事件が起きた。被害者はユニース・ヤンガー(76)と彼女の2人の息子グロリア・ワトソン(53)とリッキー・ヤンガー(44)で、ブロンクス地区パークチェスター街バーシャル通りのアパート2階に住んでいた。加害者は、下の階に住むコーリー・ギャンブル(28)だった。
事件発生の一年前にギャンブルはヤンガー一家の住むアパートの1階に引っ越してきた。その直後からギャンブルのヤンガー家に対する苦情が始まった。特にユニースの孫たちが遊びに来て騒いでいたときなどは、かなりの剣幕で文句を言ってきた。嫌がらせでバスケットボールを天井にぶつけたり、電話線を切ったりもした。また、些細な騒音で何度も警察に電話をかけて苦情を言っていた。
騒音事件の原因となる騒音
国別に見る騒音苦情
アメリカ、ドイツ、トルコ、日本、中国で悩まされている近隣騒音の種類を調査した。
どの国でも自動車の音が上位にきている。特徴的なものを挙げると次のようになる。
・アメリカでは、第1位はペットの鳴き声、次は日曜大工の音である。
・ドイツでは、上階からの音やドアの開閉音の指摘が比較的高かった。
・トルコでは、上階からの音やドアの音の他、子供や少年の声も指摘されている。
・中国では、電化製品の音なども上位にきていた。
また、音に悩まされる比率では東洋と西洋で違いがある。
「隣人の話し声」では、悩まされると答えた比率は、アメリカ40%、ドイツ30%、トルコ65%に対し、日本10%、中国20%である。
「ステレオの音」では、アメリカ40%、ドイツ45%、トルコ55%に対し、日本20%、中国25%である。
脳レベルでも見ても東洋と西洋で違いがある。人間は、言語音に関しては左脳で優位的に処理し、音楽音などは右脳で処理される。しかし、情緒に関連する人の鳴き声や笑い声、あるいは虫の音、動物の鳴き声などは、日本人の場合左脳の言語半球で処理されるのに比べ、西洋人は音楽などと同じ右脳で認知される。この違いが、精神構造自体にも影響を与えることは十分に考えられる。
都会と田舎の違い
近所からの騒音で迷惑を受けたことのあるという人の割合は、
人口25万人以上の市や区→77% 25万人未満の市→66% 町→58% 村→55%
騒音事件の特徴
@ 原因が些細
音を出している本人は、これらの騒音をほんの些細なことと捉えている。あるいは、些細とも思っていないかも知れない。しかし、騒音を受ける側は、けっして些細とは思っておらず、重大な問題と感じている。その両者のギャップが騒音事件を引き起こすのである。
逆に、訴訟が起こるような騒音公害では、出すほうも聞かされる事の重大さを認識しているため、事件は発生しない。
A 無職者による騒音事件
騒音事件の加害者となった比率を算出してみると、職業不明を除いた集計では、全体の47%が無職である。
その理由として、@生活上の困窮の鬱憤が他に向いやすいこと、A職に就かない、就けない性癖自体が事件を引き起こしやすいこと、B時間的にゆとりがある分、他人からの音が気になりやすいこと、C経済的に余裕が無いため遮音性能の不足した建物に居住している比率が高いことなどが考えられる。
アイドリング音の落とし穴 ブーミング音
ブーミングとは、低音の特定の周波数の音が、部屋の共鳴によって特に大きく響く現象であり、ピアノなどでは、ある音だけがブーンというように響いて残る現象である。これは部屋の大きさ、形状、内装の条件によって決まるが、10畳とか12畳ぐらいの大きさで生じやすい。特に、最近は室内の内装仕上げが天井も壁も石膏ボード貼りという部屋がほとんどであり、気密性も高いため、このようなブーミングが生じやすくなっている。
参考文献
橋本典久 (2006) 『近所がうるさい!』、 ベスト新書