誇大自己症候群 第2回
英雄と犯罪者
ウィンストン・チャーチル
チャーチルは子どもの頃、自分は飛ぶことができると信じて橋からダイビングしたことがあった。また、ガキ大将タイプの少年でグラマースクールでは文句なしの劣等生だったが、作文だけは得意だったという。
政治家になってもあまりぱっとしなかったが、ヒトラーと対峙するという危機的時代に、首相の指名を受け、別人のような指導力を発揮する。ロンドン空襲という未曾有の危機に遭っても、揺るぎない意志と自信で戦争を遂行し、やがて劣勢を跳ね返した。
ビル・クリントン
自らアダルト・チルドレンだと告白したが、アル中で暴力的な夫に愛想をつかした母親に溺愛されて育った。肥大した誇大自己の生む万能感がヒラリー夫人を惹きつけ、さらにはアメリカ大統領の地位まで押し上げていった。しかし、その万能感から、ヒラリー夫人や国民を激怒させる間違いを起こしてしまった。
O・J・シンプソン
1994年、元フットボール選手のスーパースターが、妻とその友人を殺害した容疑をかけられた。彼は、独占欲と嫉妬心が強く、妻が他の男性と口をきいたり肌を見せる衣装を身につけたりするだけでも嫉妬に狂い口論や暴力沙汰になった。妻は夫と離婚したが、シンプソンは元妻につきまとうのを止めなった。
マイク・タイソン
史上最強のボクサーである彼の富と名声と男性的魅力に惹かれる女性は数多くいた。18歳のデジレイ・ワシントンもそのうちの一人になるはずだった。
タイソンはデジレイをドライブに誘い出すと、忘れ物を取りに行くと偽って、ホテルの部屋に連れ込む。2人だけになった瞬間、タイソンは豹変し暴行する。
バリー・ボンズ
73本のホームランを打って、世界記録を打ち立てたが、コルク入りのバットの使用が発覚したり、薬物使用の疑惑が囁かれたりして騒ぎを振りまいている。
妻に暴力を振るい警察沙汰になった人物でもあった。駐車してあった車に妻を投げつけ、首を握って地面にたたきつけ、臀部を蹴りつけた。妻が訴えなかったため、訴訟にはならなかったが、離婚に至っている。
優等生の変質
元優等生の高校生が、小学生の女児に対して強制わいせつ行為をくり返すという事件を起こした。毎回周到な準備のもと、被害者を使われていない倉庫に連れ込んで、わいせつ行為を行なっていた。
犯行の半年ほど前にパソコンを買ってもらい、インターネットやアダルト系のゲームに、ひそかに熱中するようになっていた。両親は犯行が発覚するまでそのことについては知らなかった。両親はむしろ、性的なことや不道徳なことに対して潔癖で厳しく、子どもがテレビやマンガを見るのにさえ、小さい頃から口やかましく指導していた。特に父親は子どもをエリートにしようという気持ちが強く、彼も期待に応えようと努力し、中学時代までの彼は、勉強だけでなく、運動系の部活動でもいい成績を残し、周囲の憧れの存在であった。
しかし、高校に進んでからは、成績も頭打ちで、次第に学校がおもしろくなくなり、中退。その後は、自分で勉強すると言って、家にこもりがちとなっていた。
その間、両親だけでなく、勝気で優秀な姉や兄からも、あれこれ口出しされ、本人は強いプレッシャーを感じていた。そんな鬱憤を、アダルト系のゲームにのめり込むことで解消するようになっていた。彼が好んだゲームは、幼い少女の自由を奪い嗜虐的な方法でいたぶり、性的行為を要求するものだった。
彼の母親は彼がまだ乳飲み子だった頃、父親との関係が悪化し、実家に帰っている。体重も増えなくなり、泣いてばかりいた。父親は、子どもが泣くと、まだ満足に言葉も分からない子に「母さんを恨め」と言い聞かせ、泣くのを黙らせたらしい。
4年後に実家から戻った母親はそれまでのブランクを埋めようと、彼のわがままにできるだけ応えたが、母親との関係は何か冷ややかな他人行儀なところがつきまとった。
彼自身、幼い頃母親の愛情が不足したことが、女性に対する自分の関心を歪なものにしてしまったような気がすると自己分析している。
誇大自己症候群の人は、異性と対等に愛し合うというよりも、力ずくで支配する性欲の対象としてみるか、あるいは、自分を支え、面倒を見てくれる依存の対象としてみるか、いずれかになりがちである。
参考文献
『誇大自己症候群』 著者 岡田尊司 2005年 筑摩書房