高崎経済大学直属応援団 団史

◎本学の建つ高崎市は、古くから東京と京都を結ぶ陸路(中仙道)の要所にあり、交通と文化の拠点として栄えてきた商業都市である。現在も新幹線2本、高速道路3本、他の鉄道6本、市内には15の駅を持つ都市として、益々の発展が期待されている。

◎本学はそうした歴史と伝統を持つ「高崎市の大学」として創立されたものである。その淵源は、昭和27年3月1日の高崎市立短期大学創立にさかのぼる。国立の群馬大学が設立された当初から高崎市にも経済に関する大学を設置したという市民の要望が広く行き渡っていた。そうした中で、この要望に沿おうとしたのが高崎短期大学の設置であった。

◎その後、進展を続ける社会経済の推移に伴い、短期大学を発展的に解消して、新たに経済系の4年制大学を新設しようという気運が高まる。

昭和32年3月高崎市議会の決議により、同短期大学を廃校とし、翌4月より4年制大学として高崎市立高崎経済大学が創立された。

◎応援団の創立については諸説がある。昭和35年頃には、運動部等を退部した学生、他部との掛持ちの学生達が集団化し、一時的に応援団(実際は愛好会)を名乗る動きもあったというのも、その一つである。しかし、個々に見解が分かれており、実体も定かでなく、否定的な風聞も多いところである。

昭和36年4月、高崎市上並榎町(現在地)に新校舎が完成し、高崎城跡(旧第十五連隊兵舎)より移転する。これに伴ない学生の間から、本学の高揚の為にも新たに正式な応援団活動団体を創設すべきとの声が起きた。これを受けて、時の学生自治会・佐藤静雄先輩(後の衆議院議員)を始め、運動部や諸団体の要望により、三潴信吾学生部長(後の第5代学長)の御理解を得て、応援団結成の機運が高まる。そして、発足の経緯から公立大学では例の無い「全学応援団」として創団される事になった。

◎同年6月、本学の正式な公認団体として高崎経済大学全学応援団が発足する。初代団長は自治会の指名を受けた川村輝治先輩(初代、第2代)であった。この時、前述の愛好会的集団からも流入的入団があった為、一部に同集団を初代、新全学応援団を2代と数える誤認が生まれた。これが是正されずに続いた為、創団者の錯誤、OB会構成や期代の混乱を招いた事は否めない。尚、当団はこの大学と全学の公認による創立を正式な創団とし、団活動開始の根拠としている。

昭和37年、当全学応援団本部長(現顧問制度)に外山正夫教授が就任する。当時の新聞によると団の機構は、リーダー部・総務部・旗守(手)部の3部から構成され、これを本部とし全学生を会員として組織されていた事が記載されている。当時は団活動に従事する学生を団員一般の学生を会員と定義していたと思われる。当時の小誌にも、全学生に団を支える会員として、一層自覚を訴える記事が掲載されている。

昭和38年6月29日、当団は全日本学生応援団連盟に正式に加盟する。(時の本部校は駒沢大学応援団)

◎同年11月、新生応援団の確立を学内外に広くアピールする為に、全国で始めて「リーダー公開祭」の名称を用いた一般市民向けの、第1回リーダー公開祭を挙行する。このリーダー公開祭は、時の高崎市長・住谷啓三郎氏を大会顧問とし、大学当局、学生自治会各体育・文化団体、一般学生、市民等の支持を受けた大々的なものであった。

◎高崎市民の間から、当団の側面的援助を目的とする後援会(第1次)が形づくられる。(その後自然消滅となる)

◎その後の大学の資料に、当団が一時的に文化系に属したという記述が見られるが、事情は定かではないものの、当時の団活動には行動の基盤をなす精神的な部分の占める割合が大きかった事が見て取れる。当団は団員に自衛力を養う事を奨励して居り、初代の頃より合気道、7代からは拳法、その後は空手道、現在は総合護身術修練をしている事などから、当時も精神面だけではなく、文武両道の団風があった事が窺えるが、活動面の充実に比例して精神面の強化を図った事によるものと思われる。

昭和40年、各大学応援団は団員数も充実し、全日本学生応援団連盟祭も2日間に渡って開催されるなど最盛期を迎える。当団も大学紛争に見舞われる中、故・吉川敬三先輩(創団5期目=第4代)の強力な指導力により揺るぎない団運営を図り、逆風の中で定例リーダー公開祭を敢行する。この時、吉川先輩の友人であった専修大学応援団・菊地守男団長の御厚意により、同団の友情出演を戴く。

昭和42年、大学紛争の混乱により既に学生自治会は解体して居り、当団は新たな体育会の結成に加わり、一時的に体育会に所属する。しかし、当団は精神団体であり且つ、行動団体でもあるという文武両面を有する特殊な性格を持つ団体として、その独立性を訴え、当時の三年次生(第8期目=第7代)を中心に体育会文化会の各部に団独立の理解を求める為の説得を展開する。

昭和43年、体育会の支持を得て独立し、文化系・体育系に属さない第三の独立団体として大学直属の位置に昇格する。これに伴い、三潴信吾学長に名誉顧問(現在は最高顧問の名称)の御就任を戴く。

◎同年、新団則の制定・応援団理論の構築・リーダー技術の改訂・諸制度等の大改革を実施し、現在の基礎を固める。昭和43年創団8期目=第7代は当団の大きな転機となった年であり、現応援団の骨組みが築かれた年と言える。(この年のリーダー公開祭は「応援団改革・独立記念」と銘打ち、1500人余の市民を集めて盛大に開催されている)

昭和44年、地域の有力企業30社程が連係し、新たに当団の後援会(第2次)が組織される。後援会会長には山田富二氏(元・財団法人高崎経済大学後援会理事長、元・群馬県教育委員長)が就任する

昭和45年、当団は創団年から数え10周年を迎える。(創団年の1年間を1期と数える)

昭和49年9月9日、栃木県の足利工業大学より招請を受け、竹内健先輩(前述第7代)を監督として派遣し、団精神・理論や諸活動を指導すると共に各種リーダーを創作し制定する。その功績により、同大学より表彰(昭和50年9月1日)を受ける。

昭和50年、当団創立15周年の記念に向けて、記念誌「三扇」を発刊する。(後に足利工業大学応援団発刊の「松根」にも転載される)

昭和55年、当団は創立20周年を迎える。この頃から全国的に大学応援団の団員数減少傾向が始まり、当団も団員が数名という状況が続く。

昭和57年1月、足利工業大学応援団へ派遣していた竹内健先輩召還し当団の監督として団の再建を推進する。当団の基本理念を始めリーダー技法に至るまで再整理を行なう。(尚、足利工業大学応援団に対しては、同校の要請により、当団より有田豊先輩(創団第9期=第8代)を監督として平成10年3月まで派遣する。本団による同校への指導は通算25年を数える。)

昭和60年、団員数を全学生からの「支持率」という見方をも加え、対全学の構成比率を高める事を目標に団の体質改善を図ると共に、諸改革を実行する。団員数減少の原因を徹底的に分析し、大学の目的・意義・社会の常識と時流・守るべきもの・改めるもの・捨てるもの等々を葛藤の中で、新たな産みの苦しみを経験したのである。

昭和63年、団員数は20名を超え、改革は順調に進む。

昭和64年1月7日、昭和天皇崩御。元号が「平成」となる。

平成元年、全日本学生応援団連盟本部校となり、連盟会則の改訂を始め、本部校通信(新聞)の発行、連盟初のOBと学生との合同宿泊懇親会等を実行し、新時代の学生応援団を提言する。(団員数は、当時、連盟加盟校中最多の24名であった)

平成2年、当団は創立30周年を迎える。

平成3年12月、橋爪猛先輩(創団第11期=第10代)を監督に迎える。

平成8年1月、竹内健先輩(当時=全日本学生応援団連盟常任参与)を再び監督として迎え、当時問題となっていたOB・学生間の思考の相違、応援団のパフォーマンス集団化、再び団員の減少化、等々を取り上げ、正しい学生応援団のあり方を考えると共に、必要な改革を行なう。この行動で我々は、常に正論を掲げ、改善を続けなければ、組織は崩壊するという原則を学ぶ。この時の基本的なスローガンは「時流と社会性・理にかなう言行」であり、本団は再び新たな一歩を踏み出したと言える。

◎同年8月24日、全日本学生応援団連盟事務局が高崎市に移転する。又、竹内健先輩が同連盟の副会長に就任(7月5日)した為、当団もその責任の一端を担うべく、連盟に種々の提言をする。

平成9年、大学学旗の新調にあわせ、団旗(5代目団旗)を新調する。又、来たるべき次世紀に備え、当団の歴史・沿革の検証を始める。

平成10年、当団の沿革の経緯、並びに公立大学応援団としての位置付けから、本学設置者である高崎市長松浦幸雄氏が、当団名誉顧問に就任する。

◎同年4月、長野冬季パラリンピック競技大会への応援の功績により、学長より表彰を受ける。

平成11年、高崎市長の当団特別顧問就任に伴い、大学直属として運営されてきた当団の立場を一層明確にする為、改めて学長の承認を得て「本団は〜学長の管理下に於いて運営される」の文言を団則に挿入する。

◎同年、来るべき全日本学生応援団連盟結成50周年に向け、実行委員(副委員長校)となる。当団は連盟章・連盟シンボルカラー・連盟旗の再定義と新調・連盟歌のCD化・応援団セミナーの企画を始め記念誌発刊部門を担当するなど、連盟への活動・貢献も大となる。

◎同年、10月、当団の歴史検証を進める作業の中で、初代団長=川村輝治先輩に創団当時の状況説明を受け、昭和36年6月の創立を確認する。又、前後して先輩諸兄にも確認の作業を行なう。ここで初めて、それまで当団で語り継がれてきた内容の差異を訂正すると共に、根本的に整理し直し、これを確定する。尚、40年に及ぶ期代の混乱を精算し、西暦2000年より当団は期代の数え方をやめる事とし、新たに元号年度で表示する事になる。

◎同年、11月13日、永年の善行活動が認められ、群馬県知事より「知事表彰」を受ける。これにより本学同窓会の「三扇賞」の審査対象となる。

◎同年11月20日、当団の歴史・理論・規程・技法等の集大成を記念し、当団定例リーダー公開祭に特別行事として、国学院大学全学応援団・東京農業大学全学応援団の友情出演を戴き、三大学応援合戦の内容をもって広く学内外にアピールする。当日は満席で立ち見が出る程の盛況となり、高崎市民をはじめ来場者から絶賛されている。これにより以降、この三大学出演が恒例となる。

平成12年3月23日、本学同窓会より「三扇賞」を受賞する。

◎同年春、西暦2000年・高崎市制100周年・当団創団40周年、全日本学生応援団連盟結成50周年を迎える。当団は創立40周年を記念し、歌唱集のCDを作成する。

◎同年11月18日、当団定例リーダー公開祭に前年に好評を博した、国学院大学全学応援団・東京農業大学全学応援団の友情出演を戴き、盛大に挙行する。

◎同年11月19日、当団は全日本学生応援団連盟結成50周年記念祭に於いて、式典の日章国旗旗手を務め、リーダー公開では三笠宮寛仁親王殿下の御前で模範演技を披露する代表大学(高経大・国学大・東農大・学習院大)に選抜される。又、二年掛りとなった連盟の記念事業の多くを担当し、副実行委員長校としてその任務を立派に果す。

平成13年2月7日、全日本学生応援団連盟の記念事業を終了し事務局は東京へ移転する。

◎同年4月、新入学生へ本学同窓会より進呈される入学記念品として、新たに当団の監修によるCDが選定される。(以降、恒例となる) 

◎同年6月、本学の開学記念式典の主催担当となり、以降は本団の主管となる。

◎同年11月17日、昨年同様に、当団定例リーダー公開祭に国学院大学全学応援団・東京農業大学全学応援団の情出演を戴き、新たに「弁論の部」を企画し、盛大に挙行する。

平成14年3月、永年に渡り当団の側面的援助を続けて下さった応援団後援会(第2次)が、長引く不況に鑑み、解散となる。

◎同年4月、元・財団法人高崎経済大学後援会(文部科学省認可)理事長、山田富二氏が当団特別顧問に就任する。(特別顧問は、高崎市長を含み2名となる)

◎同年10月25日、初めて本部(群馬県)以外の高崎経済大学同窓会(東海三扇会)に招聘され、リーダー模範演技を挙行し、先輩諸兄には御好評を戴く。

◎同年11月30日、前年同様に、当団定例リーダー公開祭に国学院大学全学応援団・ 東京農業大学全学応援団の友情出演を戴き、新たに質疑応答の部「WHAT IS THE OHENDAN !?」を企画し、盛大に挙行する。

平成15年8月11日、高崎経済大学同窓会(札幌支部)に招聘され、リーダー模範演技を挙行し先輩諸兄には御好評を戴く。以降、同窓会各支部に御招きを戴き模範演技を行ない、弊団の恒例行事に加え、本稿には記載しない。

◎同年10月1日、千葉県・茂原北陵高校より招聘を受け、「現代の青少年教育に資する授業」の一環として、全教職員・全校生徒を対象にリーダー模範演技・附属吹奏楽部の演奏・講演等を行ない御好評を戴く。

◎同年11月29日、昨年同様に、当団定例リーダー公開祭に国学院大学全学応援団・東京農業大学全学応援団の友情出演を戴き例年よりも多く「各校の紹介」部分(日常の練習風景等)を取り入れて、盛大に挙行する。三大学出演も5回を数え、恒例となる。

平成16年5月22日、日本経営工学会春季大会に招聘され、リーダー模範演技を披露し御好評を戴く。

◎同年5月23日、高崎経済大学第5期同窓会(親睦会)に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄には御好評を戴く。

◎同年6月12日、高崎経済大学同窓会の支部(新潟支部)総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄には御好評を戴く。

◎同年6月17日、ねんりんピックぐんま実行委員会総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴くと共に、群馬県知事より御礼状を戴く。

◎同年8月1日、老人介護施設アジサイ園の農業祭に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月1日、群馬県社会福祉協議会のバリアフリーコンサートに招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月16日、ねんりんピックぐんま総合開会式に招聘され、リーダーにて華を添え御好評を戴く。又、同日ねんりんピックぐんまソフトテニス開会式に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年11月2日、高崎経済大学同窓会の支部(東海支部)総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄には御好評を戴く。

◎同年11月20日、高崎経済大学同窓会(群馬本部)総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄には御好評を戴く。

◎同年11月27日、当団主催の定例リーダー公開祭を挙行する。三大学応援合戦が恒例となっていたが、本年は東京農業大学全学応援団が他行事の為、欠演となり、国学院大学全学応援団との二大学の出演となる。内容を新たに構築し盛大に挙行する。

◎同年12月16日、ねんりんピックぐんまへの応援の功績により、群馬県知事より表彰を受け
る。

平成17年2月23日、ねんりんピックぐんまソフトテニス開会式における応援の功績により、高崎市長より表彰を受ける。

◎同年8月15日、グループホーム ラビット・ホームに招聘され、リーダー模範演技を披露し、入所者の方々や施設関係者の方々に御好評を戴く。

◎同年9月15日、老人介護施設アジサイ園に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年11月19日、当団主催の定例リーダー公開祭を挙行する。東京農業大學全學應援團が2年ぶりに出演し、三大学応援合戦として盛大にに挙行する。

平成18年1月15日、デイサービスセンター「春日の里」の新年会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年9月13日、老人介護施設ラビット・ホームに招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年9月25日、高崎ロータリークラブ定例会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月20日、高崎経済大学同窓会の支部(東京支部)総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年12月9日、当団主催の定例リーダー公開祭を挙行する。國學院大學全學應援團・東京農業大學全學應援團の友情出演を戴き、三大学応援合戦として盛大に挙行する。

平成19年5月12日、高崎経済大学第5期同期会(親睦会)に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年6月24日、高崎経済大学同窓会総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年6月25日、高崎経済大学開学50周年式典に招聘され、式典内の学歌指揮並びにリーダー模範演技を披露し、当日来場された市民の皆様や先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年9月13日、老人介護施設ラビット・ホームに招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月3日、学長就任祝賀会に招聘され、学歌の指揮を執り、御好評を戴く。

◎同年11月17日、当団主催の定例リーダー公開祭を挙行する。國學院大學全學應援團・東京農業大學全學應援團の友情出演を戴き、三大学応援合戦として盛大に挙行する。

平成20年6月2日、四川大地震・ミャンマーサイクロン被害への義援金を集め、高崎市長(日本赤十字社群馬県支部高崎地区長)へ献納する。

◎同年9月15日、高崎市上並榎地区の支部(本学所在地)の敬老会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月15日、高崎経済大学同窓会の支部(群馬支部)総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年10月17日、高崎経済大学同窓会の支部(東京支部)総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年10月18日、高崎市福祉協議会主催のぐんまボランティアフェスティバル西部ブロック・第22回高崎ふれあいの広場に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月22日、群馬県障害者連合祭に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月24日、高崎経済大学同窓会の支部(東海支部)総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年11月15日、当団主催定例リーダー公開祭を挙行する。學習院大學應援團(リーダー部・チアリーダー部・吹奏楽部)に特別出演を戴き、更に恒例となっている國學院大學全學應援團・東京農業大學全學應援團の友情出演を戴き、四大学応援合戦として盛大に挙行する。

平成21年3月25日、多くの活動実績が認められ本学同窓会より「三扇賞」(奨励賞)を受賞する。

◎同年5月24日、高崎経済大学第5期同期会(親睦会)に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年8月7日、当団附属吹奏楽部に監督職が設けられた事を機会に、当団の指導員役構成を改訂し、新たに総監督に竹内健先輩(前監督)、新監督に西部淳先輩(前副監督)副監督に北條秀一先輩が各々就任する。

◎同年8月22日、高崎経済大学同窓会の支部(石川支部)総会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、先輩諸兄に御好評を戴く。

◎同年9月21日、高崎市上並榎地区の敬老会に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月1日、当団三扇会(卒団生組織)の会則改訂が行なわれ、更に運営の円滑化が図られる。

◎同年10月29日、高崎市六郷長寿センターの第19回六郷長寿センターまつりに招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月31日、高崎市社会福祉協議会主催の第23回高崎ふれあいの広場に招聘され、リーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年11月14日、当団主催定例リーダー公開祭を挙行する。國學院大學全學應援團・東京農業大學全學應援團の友情出演に加え、特別出演として上智大学応援団(リーダー部・チアリーディング部・吹奏楽部)の出演を戴き、前年に引き続き四大学応援合戦として盛大に挙行する。

◎同年12月1日、応援理論・技法の組立て・論理的裏付け・規程・規則・運用等を一般の方々に御理解を戴く為に、書籍「三扇」第二版(本書)を発刊する。

◎同年12月14日、高崎ロータリークラブに招聘され、リーダー模範演技を披露し御好評を戴く。

平成22年9月25日、高崎西部バイパス振興会第26回わくわくカーニバルに招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月23日、高崎経済大学同窓会(東海三扇会)に招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月24日、高崎商都博覧会に招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月28日、高崎市六郷長寿センター第20回長寿センター祭りに招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年11月13日、当団主催の定例リーダー公開催を開催。國學院大學應援團・東京農業大學全學應援團の友情出演を戴き、三大学応援合戦として盛大に挙行する。

◎同年11月21日、第60回全日本応援団連盟本部記念祭において、竹内総監督が表彰される

平成23年4月1日、独立行政法人化の流れに沿い、本学は高崎市立から公立大学法人に改組され、新たに運営母体として理事会制度が導入される。これにより、当団も正式なる名称を「公立大學法人高崎經濟大學直属應援團」と変更し、名誉顧問に同理事長が就任する。

◎同年5月中旬、しののめ信用金庫並榎支店の依頼により、当団の資料を展示し来場者の関心を集める。

◎同年5月11日、東日本大震災救援に向けて3月下旬より開始していた義援金募金を集計し、募金額605,258円を日本赤十字社群馬支部へ献納する。

◎同年5月14日、国際ロータリークラブ第2840地区協議会に招聘されリーダー模範演技を披露し、好評を戴く。

◎同年7月23日、市民による震災復興チャリティーコンサートに招聘されリーダー模範演技を披露し、好評を戴く。

◎同年7月下旬、震災復興ボランティア活動として宮城県南三陸町へ全団員を派遣し、瓦礫の撤去作業・建物清掃等に従事する。

◎同年11月5日、当団の創立50周年記念事業の一環として、本学理事会・(財)大学後援会・同窓会の賛意を得て、本学開学の地である高崎城跡(旧高崎歩兵第十五連隊弊社跡地=現ハローフォーラム北側)に開学の記念碑を建立する。尚、日付は当団創立月の6月を刻む。

◎同年11月11日、当団の創立50周年記念事業の一環として、学生応援団への理解と普及・発展を願い、書籍「高崎経済大学 学生応援団教範}を発行する。(学生応援団の専門書としては全国初の試みと思われる)

◎同年11月12日、当団創立50周年を記念する特別リーダー公開祭を開催。東京農業大學全學應援團の友情出演に加えて、学習院大学応援団の特別出演を戴き、盛大に挙行する。尚、同日夜、記念式典並びに祝賀会を開催し、記念碑・記念誌の披露と共に、本団の50年間を祝う。

平成24年9月1日、高崎西部バイパス振興会第28回わくわくカーニバルに招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年9月9日、高崎市群馬商工会青年部青年広場2012秋に招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月6日、当団主催の定例リーダー公開催を開催。國學院大學應援團・東海大學応援團・東京農業大學全學應援團の友情出演を戴き、四大学応援合戦として盛大に挙行する。

◎同年10月7日、医療法人親愛会主催シルバーウイング秋祭2012に招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年11月3日高崎市社会福祉協議会主催「第26回ふれあいの広場」に招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。に招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

平成25年9月7日、高崎西部バイパス振興会第29回わくわくカーニバルに招聘されリーダー模範演技を披露し、御好評を戴く。

◎同年10月26日、当団主催の定例リーダー公開祭を挙行する。

平成26年、少人数ながら定例リーダー公開祭を挙行する。(高校応援コンクール併催)

平成27年10月17日、少人数にて催行が危ぶまれる中、定例リーダー公開祭を挙行する。
 (高校応援コンクール併催)

平成28年11月12日、団員一年次・二年次となるが、定例リーダー公開祭を挙行する。
 (高校応援コンクール併催)

平成29年10月7日、幹部不在となるが、定例リーダー公開祭を挙行する。
 (高校応援コンクール併催)

◎同年12月9日、幹部職位継承式を挙行する。これにより、3年ぶりに幹部学年が誕生する。

 

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